通学路




     委員会のない日はまっすぐ帰宅する。忙しい母親に代わって夕飯の準備をしなくてはならないし、部活に入らないのは必要以上に他人と関わりたくないからでもある。人と話すのは好きだ。委員会の仕事も、不慣れではあるが苦に思うことはない。それでも、人から注目を浴びるのは慣れなくて。頑張るとは言ったものの、少しだけ憂鬱だったりする。

    「あれ?」
    「ん」

     ふと顔を上げれば、校門を出たところで見覚えのある黒髪が映る。同じクラスの財前君だ。彼も今帰りなのだろうか、中身の少なそうなスクール鞄を肩にかけて携帯画面を見ていた。私が声を発したことで向こうも私に顔を向けて、いつもの無表情で「今帰りか」と問いかけてきた。

    「う、うん。財前君も……?」
    「ああ」
    「あれ、でも、今日……部活あるんとちゃうの?」
    「サボリや」

     さっき校庭へテニス部の面々が向かっているのを見た気がして問えば、財前君は特に気に留めた様子もなく答えた。それ、大丈夫なん? レギュラー落ちとかになったりしないだろうか。そう心配に思っての言葉だったが、彼はとても憤慨した様子でため息を吐いた。

    「あんた、俺の試合見たことないやろ」
    「……ない、けど」
    「部活には週二で出とる。元々頭数合わせやし、俺がおらんとこで問題ないわ」

     そう言ったきり、財前君は学校に背を向けて歩き出してしまった。まあ、それが彼の元々のスタイルであるのなら私が無理に引き止めることではないのだから仕方がないだろう。財前君の背中を見つめながら、私も自宅へ向かって歩き出す。
     しばらく歩き続けたけれど、どうやら方向は同じようだった。立ち止まったバス停も同じで、もしかしたら結構近いのかも、なんて思ったけれど、財前君が何も言わずにいるから、私も声をかけるタイミングを完全に失ってしまっていた。
     やがてバスが来て、彼の後を追うように乗り込んだ。互いに黙ったまま、学生の多いバスに揺られながら。私は時々財前君の横顔を眺めていたのだけれど、彼はイヤホンで音楽を聞きながら自分の世界に浸っていて話しかけることも出来なかった。
     バスのアナウンスが流れて、最寄のバス停が電子版に表示された瞬間に停車ボタンを押す。ポーンと間抜けな音が、自分の指が触れるよりも早く聞こえた気がして顔を上げれば、財前の指先がボタンに触れていた。やっぱり、彼もこのバス停なんだ。一年以上通っていて、今のところ、通学途中に会ったことは一度もないのだけれど。
     定期を運転手さんに見せてからバスを降りて、自宅へ向けて歩き出そうとしたとき。そこで初めて、財前君が私を振り返った。

    「もしかして、同じ方向なん」
    「う、うん。そうみたいやね……」
    「そうなんやったら早よ言いや」
    「……財前君こそ、」

     自分のことを棚に上げてそんな言い草をする財前君に多少はムッときて言い返してしまったが、その瞬間じろりと睨みつけられて慌てて視線を外した。
     しかし、ずっと私の数歩前を歩いていた財前君は急に速度をゆるめて私の歩幅に合わせてきた。普通に歩いていた私と財前君の距離が縮まる。

    「……なら、送ったるわ」
    「え」

     何かの聞き間違いかと思った。けど、そんなんじゃない。彼からの嘘みたいな申し出に一度足を止めると、彼はムッとして私を睨んだ。低血圧なのかカルシウムが足りていないのか、財前君は割と怒りっぽいところがある。

    「……何や。迷惑なんやったらはっきり言い」
    「ち、ちゃう! そんなんやなくて、その、」

     もう、なんでそんな、言いがかりみたいなこと。きっと、私をからかって楽しんでるんや。

    「あ、ありがとう……」

     小さくお礼を言うと、財前君は満足げに少しだけ口角を上げて「ん」と短く返事をして歩き出した。



    「あ、うち、ここや」
    「……ほんまや。めっちゃ近所やん」

     私の家を前に財前君は、「俺ん家、あっちや」と指を差す。どうやら、公園を挟んで二つほど向こうの団地らしい。
     本当に奇遇だ。同じ学年で今まで知らなかったということは、通っていた小学校は違うらしいけれど。

    「……じゃ、また明日な」
    「あ、うん。また」

     何気なく彼の口から発された「また明日」。その一言が、何故だかとても嬉しくて。赤い顔を誤魔化すように急いで家に入っていった。

    to be continued...





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