「財前が俺を誘うなんてなぁ」
「何すか」
「明日は善哉が降るんとちゃう?」
「先輩アホっすわ」
謙也さんが感慨深げに呟いて、待ち合わせ場所の校門へと向う。善哉をおごったる、と約束はしたものの、男女が二人きりで出かけるのは、あらぬ誤解が生まれそうで止めた方がいいと思ったのだ。自分はどうにでもなる。だが、前回の侘びとして彼女を誘ったと言うのに、余計に傷つけてしまっては本末転倒である。だから、謙也さんを誘ったのだ。店を教えてくれたのはこの人だし、彼女と委員会も一緒だから、他の人よりは話しやすいだろうと踏んで。
謙也さんと軽口を叩きながら正門へ向かえば、両手で鞄を持って俺らのことを待っているさんが見えた。遅れてごめん、と一声かけると、彼女は一度顔を上げて俺たちの姿を確認すると、すぐにまた俯き、小さく言った。大丈夫、と。
「わたしも、今来たとこやねん……けど、ほんま、ええの?」
「何がや」
「一緒にって、なんか……変な噂に、なりそうで」
やっぱり、気になるよなあ。謙也さんに声をかけてよかった、と内心ホッとする。
「そんなん気にせんでええわ。そんために謙也さんも一緒や」
「……う、うん」
「学校以外で会うのは初めてやな。どや、少しは委員会慣れたか?」
「いえ、あんまり……」
「あかん、あかんわ。恥は捨てな!」
「謙也さんと一緒にしたらダメっすわ」
大袈裟に溜息を吐きながら自分の価値観を押し付けようとする謙也さんに対しさんが萎縮していたので、見かねて助け舟を出す。謙也さんも本気なわけでは勿論なく「わかっとるわ」と一言。それから、ほな行こかと俺たちを促した。
俺を中心に、謙也さんが右、さんが左に並んで歩く。謙也さんは頭の後ろで手を組んで空を仰ぎながら、それとは対照的にさんは地面を見つめながら歩く。「あ、そや」思い出したように謙也さんが口を開く。
「さんは、財前のどこがええん?」
「は?」
「え?」
弾かれたように顔を上げたさんと、思いも寄らない爆弾が投下したことによって間抜け面になった俺の顔を謙也さんが不思議そうに眺める。
「えって、付き合うとるんやろ?」
「えっ、ちゃ、ちゃいますよ! ただのクラスメイトです。財前君とは、そんなんやないです……」
「そうなん?」
なるほど、そういうことか。いつもなら声をかけると誰よりも早く乗ってくる謙也さんが、今日に限って「俺が一緒でええんか?」などと遠慮してくるから不思議だったのだが、どうやら一応気を遣っていたらしい。さんもさんで、謙也さんに俺とカップルだと誤解されたのが相当嫌だったのか、いつもよりも饒舌になって否定しまくっていた。
「そら悪かったなあ。って、財前? どないしたん、むすっとして」
「……そんなに嫌なん、俺と付き合うとるって、誤解されんの」
「え……そ、そんなんちゃうけど、でも、」
でも、何やねん。その先の言葉がなくて、そのまま話を終わらせようとしたりとか、小さいことに苛立ちを覚える。言いたいことがあるならハッキリ言えやと、面と向かって言ってしまいたい衝動に駆られる。だけど、それじゃあこの間のことと何も変わらないから必死に堪えた。
好きだからという理由で、否定されて傷ついたわけじゃない。俺はそこまでピュアなつもりはない。ただ、女子から本気で嫌がられれば流石に傷つく。冷めた振りしていても、一応は健全な中二男子として。
「ま、ええわ。早よ行くで」
「お、おお……」
ぶっちゃけ面白くなくて、折角謙也さんに教えてもらった善哉の味はよくわからないで終わった。なんやねん、ほんまに。
さんはさんで、何を落ち込んでいるのか沈んだ顔で、それでも善哉を平らげていた。間に挟まれた謙也さんが何とか場を盛り上げようと色々な話をしてくれたけど、シンとした空気の中ではそんなこと無意味で、正直連れてきて申し訳なく思った。後日弁当箱におでんの筋肉を詰めて渡しとこうか。嫌がらせにしかならないけど。
「ほな俺帰るけど……大丈夫か?」
「ああ、まあ……問題ないっすわ」
まだ少し沈んだ顔をしているさんをちらりと見ながら、謙也さんが俺に耳打ちする。世話焼きなこの人をこれ以上つき合わせるのは流石に申し訳なくて、先に帰ってもらった。むしろ、先に空気を悪くしたのは俺なんだからさんは何も悪くない。けど、それを認められるほど大人じゃなくて、静かに佇んでいるさんに「ほな帰るで」と声をかけて一緒に歩き出す。家の方向が一緒らしいから、さんは何も言わずに俺の後をくっついて歩いた。
気まずさを押し隠して無言で歩いていると、背後でぽつり、さんが呟いた。
「……思ってへんよ」
「は?」
「嫌いとか、思ってへんし、私は……財前君に、迷惑かけたくないだけやのに」
誤解、せんで。震える声でそれだけ言って、また黙る。俺だって別に本気で怒っていたわけではないけど、さんが何も言わないから、少しだけ調子に乗ったかもしれない。
振り返ると、俯いたさんの後ろから、走ってくる自転車が見えた。さんは気づいていないらしく、足元を見つめたまま。俺は小さく舌打ちをして、彼女の手を掴んで引き寄せた。
「!」
「……ホンマ、危なっかしいわ、あんた」
「ごめ、」
「勘違いすんなや。別に、怒ってへんわ」
自転車が俺らの脇を通り過ぎる。それを見送ってから、再び歩き出す。繋いだ手は、離さないまま。
「善哉……味わからんかったなぁ」
「……う、ん」
「また行こか、今度は二人で。……リベンジや」
そう提案すればさんは弾かれたように顔を上げて、
「う、うんっ、行くわ!」
なんて、珍しく声を上げて言うのだった。
「なんや。声、出るやないか」
その必死な様子がおかしくて、俺も珍しく噴出して笑ってしまった。