「千里は前世、鳥か何かか?」
突然そんなことを言えば、隣の男は目を丸くして私を見た。私は私で、大真面目な顔で彼をじっと見つめる。やや数秒見つめあった後、千里が口を開いた。
「そうかも、知れんね」
何が、とか、質問の意図を考えもせずに――もしかしたら本当は全てわかっているのかもしれないけれど、ふわりと笑って答えた千里に私は空へと視線を戻した。
公園のベンチに並んで座りながら、ぼーっと空を見ていたら、不意にそんなことを思ったのだ。もう何度目になるかわからない。それでも私達は二人で出かけることが多くなって、その度に思うのだ。彼は自由だと。空こそ飛べはしないが、その後姿はまるで、何者にも囚われない鳥のようであると。
「は、違うと?」
「あたしは自由やないから。千里が羨ましい」
「……」
千里は何も言わない。何も聞かんといてって最初に言ったのは私の方だし、それは有難いと思うのだけど、けれど本当に良いのかなって、思う。本当に気にならない? 千里は、どうでもいいのかな。
いつもフラフラしてるような高校生なんて、正直どうなん? と思う。年上として、少し情けなくて。
「何でも、ないわ……今のは、忘れてや」
「わかっとう。は、そんで良かね」
「……」
ほら、また、何も聞かない。
「千里のそゆとこ、ほんま……キライやわ」
そして私はそんな千里が、とても好きだ。
「」
突然立ち上がり歩き出した私を、千里が静かに呼んだ。おっとりとしているようで、観察眼のある彼にはわかっているのだろう。私が本当には怒っていないこと。このもやもやした気持ちも、きっと。
立ち止まることのない私を追って千里が歩く。せかせか歩く私とゆったり歩く千里。足の長さで補正されてその距離は縮まることなく、目的地もなしに歩き続ける。ついてくんな、とも言えなくて、ただ気の向くままに歩いていた。
空がオレンジに染まる頃、千里が口を開く。
「もう日ん暮るったい、帰んね」
「……あんたは帰ればええやろ。元々、うちは一人や」
「一緒に帰ったい、」
私のこの靄がかった気持ちを振り払うように、千里は私の手を掴んだ。そこで私はいつの間やら二人の距離が縮まっていたことに気づく。振り向けばすぐ目の前に千里がいて、優しく、けれど力強く私の手を掴んでいる。でも私は、その手を一度振り払った。
「一人で帰れ言うたやろ」
「……、」
少し口調がきつくなって、千里は悲しそうに眉尻を下げて言った。
「そぎゃんこつ言われたら、もう一緒に居れんね。はそれで良かと? 俺は、また一緒に散歩しとう」
「……うちかて、思うわ。けど、ダメやねんもん」
「何ね?」
「千里がほんまに何も聞かへんから、あたしは罪悪感でいっぱいや! 自分でゆったくせにって、アホらしいてかなわんわ……」
泣きそうだった。実際に浮かんだ涙を見られないように俯いて地面に視線を移せば、大きな掌が頭に乗っかった。千里は、やさしい。黙ったまま、私の頭を撫でていた。
「……何、よ。黙っとらんで、何か言いよ……」
「いたらんこつしか言えんばい。黙っとる方が良か思ったけん」
「アホが……優しすぎるわ」
言うのも嫌、ほっとかれるのも嫌。どこの重たい女かと思うけど、わかっていても心の中はぐるぐるしていた。それほどに、千里が優しすぎるのがいけない。
「帰んね」
「……途中までな」
一度振り払われた手を千里が差し出してくるから、今度は情けない顔を見られないようにして取った。途中で千里の携帯が鳴って、渋々出た電話の向こうでまた部長らしい白石とかゆう子の怒声が聞こえて、それに平謝りをする千里の後姿を見ていたら少し気持ちが軽くなった。千里の電話の着信と同時に、届いたメールに私がとてつもない嫌悪感を抱いたことを、悟られずに済んだから。
「あたしの居場所は……あそこにはないよ」
画面の文字を見ながら小さく呟けば、通話を終えた千里がこちらを見て小首を傾げた。大きい人が、随分可愛らしい仕草をするもんだ。
「? どぎゃんしたと?」
「! や、何も……何もない。なあ、千里」
「?」
「今日はごめんな。あたし、課題が終わらんでイライラしとったんや」
「はは……よかよか。俺も、明日は部活に出んと白石に怒られったい。サボリはいかんね」
千里が優しく笑うから、私も曖昧に笑って誤魔化した。
届いたばかりのメールを、彼に気づかれないように削除して。
「鳥は自由で、ええなあ」
呟いてから空を見上げれば、薄明けの彼方に鳥影が霞むところだった。