似た者同士




     こんな天気の良い日に室内にこもってノートとにらめっこなんて勿体無い。今頃クラスメイト達は来週の中間テストに向けて必死にテスト範囲のおさらい中なのだろうが、そんなこと関係ないとばかりになけなしの小遣いで適当な切符を買った。地下鉄に乗って、気が向いたところで下りてみる。いつもそんな程度だ。
     何もない場所だった。どこだって町から外れれば畑ばかりだ。

    「ここもおらんね」

     ふわふわとした足取りで、緑の深いほうへと足を進める。森の妖精とか、童話に出てくる何か変な幻想的な生き物なんかがひょっこり現れるんじゃないかとか、そんなことばかり考えて馬鹿にされることも珍しくない。ただ、そうだったらいいのに、なんて妄想に耽るのが楽しいのだ。

    「んー、今日も良か天気ばい」

     両の腕を身体の前で組んで、それから真上に上げて軽く伸びをする。太陽が燦々と照って、気持ちが良い。このまま日陰にでも座ったら眠ってしまいそうなくらいの陽気に、少し欠伸が出る。幸い此処には小うるさいテニス部の部長もいないことだし、と思いながら後ろに身体を反らせば、その瞬間背後から「ひゃっ」小さく誰かの悲鳴が聞こえた。

    「……? 何ね?」

     振り返る。誰もいない。が、視線を少しずつ下げていけば、そこに人はいた。突然目の前を歩いていた男が伸び上がったことに驚いたのだろうか、そこにいた少女は尻餅をついてこちらを見上げていた。

    「すんまっせん、余所見しとったと」
    「? や、こっちも前見ずに歩いとってん、ほんまにごめんなさい」

     少女はゆっくりと立ち上がり、服についた土埃を払ってから視線を向け、俺を見て目を丸くする。

    「わ、わ……お兄さん背ぇたっかいなぁ。大学生の方なん?」
    「いや……今、中三たい」

     まさか、高校どころか大学生に間違われるとは思いもよらず、口ごもりながらもそう答えた。一瞬ぽかんと呆けた彼女は、すぐに我に返って声を大にして叫んだ。

    「えっ、年下なん!? っはー……驚きやわ。えらい男前やね」
    「そぎゃんこつなか」
    「いやいや、あんたみたいなん中々おらんよ。こっちの人じゃないん?」

     年下、ということは彼女が高校生なのだろう。学年までは言っていなかったけれど、何となく年上には見えない。適当な感じで短めにカットされた髪のせいだろうか。
     方言を聞いて「観光に来たん?」と聞いてくる女子校生に、ありのままの事実を話す。別段隠してもいないから、嘘をつく必要もなかった。

    「春から転校してきたけん、今は四天宝寺中学校に通っとる。出身は熊本ったい」
    「へえ。そら、モテるやろなぁ。こんな男前な転校生いたら」
    「……そぎゃんこつ、なか」

     先ほどと同じ否定言葉を使った。彼女はおかしそうに笑って、名前は? と尋ねてくる。

    「あたしはゆうんよ」
    「俺は千歳千里たい」
    「せんり……なあ、千里。少しあたしに付き合わへんか?」

     は、俺の名前を復唱したかと思えば、楽しそうに笑ってそう口にした。突然で馴れ馴れしいとか、そんなことは別に思わなかった。ただ、家族以外でその名前を呼ぶ人間はいなかったから、少しだけ驚いた。親友である桔平でさえ、俺を千歳と苗字でしか呼ばないのに。

    「? 何すっと?」
    「一人で歩くのもええけど、暇やねん。こないな時間にふらふらしとるんやから、要は千里もサボリっちゅーことやろ?」

     千里も、というあたり、自分自身もサボリであることを明かしているようなものだった。それが少なからずおかしくて、特別断る理由もなかったから頷いた。
     ところで、

    「俺は何て呼べばいいね?」
    「でええわ。かたっくるしいのは苦手やねん」

     それに、見た目は千里の方が年上ぽいねんから、敬語使てたら違和感ありまくりやで。
     快活に笑いながらそう言ったに苦笑しながら、改めて一緒に歩き出す。何故だろう。つい今し方出会ったばかりなのに、彼女の傍は嫌ではない。むしろ心地良ささえ感じて、逆に戸惑ってしまう。

    「不良中学生やんな、千里は」
    「ならは、不良高校生ばい」
    「そうやで。あたしはそれでええもん」

     言いながら、は太陽の眩しさに目を細めた。身長差があるから、並んで歩くと必然的には俺を見上げる形で歩くことになる。まだ昼前だから、太陽の位置が高く俺は逆光になるらしい。との位置を変えることでそれは改善されたが、彼女は「やっぱ千里はええ男やな」と言って笑った。よく、わからない。

    「は何で学校サボったと?」
    「残念でした。今日は開校記念日やもん」
    「……ばってん、不良に違いはなか」
    「……そうやな。出席日数は毎度ギリギリや」

     今日はたまたま休みだったのかも知れない。だが、それでも彼女は俺のことを「千里もサボリ」と言った。つまり、彼女は普段から授業をサボってふらふらと出歩いているのだろう。俺と同じように。
     出席日数がギリギリと言った彼女に、俺もと答える。似た者同士のようだが、俺と彼女とでは決定的な違いがあった。俺は中学生で、は高校生であると言うことだ。

    「留年しないようにせんといかんね」
    「そら、そうやろな。まあ、あたしは勉強は得意やさかい、そないな心配はあらへんよ」
    「羨ましかー」

     俺は笑う。羨ましいなんて、心にもないことを呟きながら。にもそれは伝わっていて、「嘘ばっかり」と言われた。得意とまではいかないが、俺も別に頭が悪いわけではないから別に気にする必要もないのだ。
     そんな風に、どうでも良い雑談をしながらふらふらと田舎道を歩く。この近所の子かと思ったが、もバスを乗り継いでここまで来たらしい。どこの高校に通っているのかとか、住んでいる場所とかは、話をはぐらかされて教えてはくれなかった。
     時間帯的に学校が終わり、放課後を迎える頃。ポケットに無造作に突っ込んでいた携帯が震えた。公共機関を使っていたからマナーモードにしたままのそれに気がついて、また、着信の相手は大体察しがついて溜息と共に取り出した。

    「もしもし」
    『千歳か!? おい、今どこにおるんや。ええ加減に部活くらい出たらどや!』
    「何ね、謙也か……白石はどぎゃんしたと?」

     着信は確かに白石だったと思う。しかし、電話口の相手は浪速のスピードスターを名乗る忍足謙也だった。

    『金ちゃんがまたゴンタクレとんねん。せやから、千歳早よ戻って来い!』
    「……せからしかー。ばってん、仕方なかね……」

     電話の向こうで金ちゃんの大声と、それを宥める白石の、やはり大きな声が響いていた。代わりに謙也がかけてきたのも頷ける。恐らく部長である白石以外からのこの状況下での着信は、出なかっただろう。
     基本的に俺と似ているところのあるは、やはり他人に興味はないのだろう。俺が電話で喋っている間は、薄明けに染まる空を眺めていた。

    「ふぅ」
    「嫌そうやね。そろそろ帰るん?」
    「仕方なか。出ないと部長に怒られったい」

     電話を切って溜息を吐けば、が振り向いた。白石が本気で怒るとまぁ面倒なので、たまには素直に言うことを聞いてみようかと思う。
     俺は地下鉄で来たし、はバスに乗ってきた。帰りもそのつもりだ、と言う。バス停と駅は全くの逆方向で、すぐそこの道で別れなくてはならない。

    「千里」
    「?」

     でも、これっきりにはしたくないと思ったのだ。俺も彼女も、きっと。今日初めて会ったのに、元々他人には然程興味もなかったのに、おかしなこともあるものだ。

    「なぁ、番号交換せぇへん?」
    「良かよ」

     家族の他に四天宝寺テニス部のメンバーと、これまたやっぱりテニス繋がりの他校の数名しか入っていない携帯電話に、新規で登録する。母と妹以外に初めて、女の子の名前が入った。

    「面白いことがあれば、連絡したってな」
    「も、また俺と会うてくれっと?」
    「当たり前や。あんたみたいな面白いやつ、これっきりじゃ勿体無いやろ」
    「おもしろか、ね。俺も、とはまた会いとうよ」

     他意はない。特別な感情もない。ただ、もう少し時間をかけて話をしてみたいと思ったのだ。
     は手を振って、バス停への道を歩いていった。姿が見えなくなってから、俺も踵を返して歩いていく。
     森の精には会えなかったが、それに近いものに出会えたような気がする。

    to be continued...





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