素直なやきもち




    「あかん……緊張してきた」

     去年の全国大会以上の緊張だった。遊園地のチケットを二枚握り締め、待ち合わせ場所で待機。遊園地か映画かで迷ったが、さり気無く小春に探りを入れさせた結果、は映画はそんなに見ないということが解った。そんなことに小春を使うなやとユウジには怒られたが、小春も協力的であったのだから何も問題はない。初デートに彼女を誘うのも、難しくはなかった。「遊園地、一緒に行かへん?」なんて声をかければ、は、一度驚いた顔をして、少しだけ俯きながら「いつ?」と返してきた。彼女の予定と照らし合わせて、次の日曜ならと了承を得たのだった。
     三日前から服を選んで、完璧なデートコースのシミュレーションをした。しかし、問題は本番だ。いくらシミュレートで上手くいっていても、彼女の反応がその通りとは限らない。テニスの試合と同じだ。
     何度も何度も時計を見る。公園の時計は、待ち合わせよりもまだ三十分早い。

    「……」

     一時間も前に来るんじゃなかった。ちらちらとこちらを見てくる女の子達の視線に気づいて、慌てて反らす。俺は今、彼女を待ってんねん。そんなオーラを出してみるが、そんなの伝わるわけがない。

    「お兄さん暇なん? 一緒に遊ばへん?」
    「いや、彼女と待ち合わせしとん……」
    「さっきから来ぃへんやん。すっぽかされたんとちゃう?」

     二人の女子(恐らく高校生と思われる)に捕まった俺は、まだ姿が見えないに早く来いとテレパシーを送った(つもり)。ただ心の底から念じただけだったが、通じたのか、ふと顔を上げると気まずそうな顔をしたが遠くに見えて、気がつけば「!」と声を上げていた。
     俺に声をかけていたお姉さん方はをちらりと見て、「あ、なんや。彼女来たん、良かったやん」と言いながら離れていった。理解ある人たちで良かったと思いながら、ホッとした俺はすぐさまに駆け寄った。

    「お早う」
    「あ……うん、おはよ」
    「待ち合わせより、早かったな」
    「白石君の方こそ……いつからいたの?」

     心配そうな声で言われて、俺は咄嗟に「八時」と答えていた。それを聞いたは当然顔を顰め、「一時間も前から……」なんて申し訳無さそうに言う。あ、やってもた。そこは格好良く「俺も今来たとこや」とか言おうと思っていたのに。人間口が滑ると何を言うかわからない。頭の中にある言葉とは全く違う言葉が口から飛び出して、しっちゃかめっちゃかにしてく。

    「お、俺が……楽しみすぎて、早く来すぎただけやねん。そんな申し訳なさそうな顔せんで。な?」

     慌てて取り繕うように言うと、は顔を上げずに「……うん」と頷いた。そろそろ行こか。なんて俺が歩き出すと、もゆっくり後を着いてくる。そういえば、さっきの光景。はどう思っただろうか。デートの約束をして、他の女の子に声をかけられるのを目の当たりにするなんて、やっぱり嫌なものだろう。それとも、俺の自意識過剰か?

    「……」

     小さく名前を呼んで彼女の方へ顔を向ければ、はぎゅっと唇を引き締めて地面を見つめていた。なあ、なんでそんな顔してんの。折角のデートだというのに。
     もう一度声をかけようと口を半分開くと同時に、先にの口が開いた。

    「ごめんね」
    「え」
    「なんか、感じ悪いよね、ごめん……私ちょっと、面白くないみたい」

     今のどこをどう見て感じが悪いのかわからないが、はそう言って落ち込んでいたようだった。小春ちゃんから、積極的な女の子が苦手だっていうのは聞いていたけれど、と小さく言ったは、頭では理解しているけれどやっぱり嫌なものは嫌なのだと暗に告げていて、俺は更に申し訳なくなるのだった。

    「別に、気にせんでええわ。俺も、もっとギリギリに来ればよかったな。楽しみすぎて気が回らんかったわ」
    「楽しみに……してくれてた?」
    「あ、当たり前やろ。俺がどないな気持ちで誘ったと……いや、今のは忘れてや」

     どうしようもなく情けなくて、それでも理解して欲しい。

    「ただ俺が、を好きすぎるってことだけは……覚えといてや」

     言ってから、体中が熱くなるのを感じた。横目で彼女を見れば、俺以上にの顔も赤かった。ま、こっからが本番やと言いながら、の手をとった。ぎゅっと離さないように握って、目的地である遊園地へと向う。

    「し、白石君……っ!?」
    「折角なんや。好きなん全部乗ろ。写真も沢山撮ろうな」

     明日は謙也に自慢したろ。絶対、指をくわえて羨ましがるに違いない。

    to be continued...





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