「葛西さん、ちょっとええか?」
「……うん?」
お昼休み。お弁当を持ってどこか落ち着いて食べられる場所を探そうかと席を立ったときだった。
白石君に「話あんねんけど、一緒に食べへんか」と誘われて、中庭に出た。話って、なんだろう。少し緊張した面持ちの白石君に、こちらまで緊張して、何か気に障るようなことをしてしまっただろうかと不安になる。
けれど、彼の口から飛び出たのは全く予期しないことだった。
「テニス部のマネージャーになってくれへんか?」
卵焼きを口へ運ぼうとしていた箸が途中で止まる。
「……え?」
「いや、最近新入部員が急激に増えてしもてな、それは嬉しい限りなんやけど……人手が足らんのや」
頭を抱えながら唸る白石君は、「小春がマネージャー連れて来いとかゆうててな……」などと呟いていたが、もう既に私の耳には入っていなかった。
嬉しさと、困惑。頭にあるのはそればかりだった。
「……それは、できません……」
「! 何でなん?」
お弁当箱と箸を静かに膝上に置いて、俯いたまま返事をする私に、断られると思っていなかった、というような顔で白石君は尋ねてくる。
私だって頼られて嬉しい気持ちはあるし、テニス部の人たちは楽しいから、お手伝いをしたい。
それでも、私は、
「私が転校多いの、知ってるよね? ここにも、ずっといられる保証はないんだよ……?」
「あ……」
白石君はハッとして、だけど、私の意を汲んでくれようとはしなかった。
「なら臨時として! それならええやろ?」
「臨時って、あまり変わらないじゃない……」
視線が泳ぐ。結構強引なところがある彼は、恐らくちょっとやそっとじゃ折れてはくれないだろう。
「そ、それに……私は身体強くないから、逆に足を引っ張ってしまうわ」
「ムリはせんでええ。しんどくなったら俺に言いや」
何て優しい言葉。見つめられて、呼吸が苦しくなる。
「だって、どうして私なの? 他にもいっぱい、人はいるじゃない」
「葛西さんがええねん。頑張りやな葛西さんしか頼める人はおらへん。他の奴をマネージャーにする気ぃないわ」
「白石君……」
「金ちゃんもよう懐いとるし、他の連中だって。……それに、俺が葛西さんに居て欲しい思ってんねん」
人に必要とされるというのは、これ以上無いくらいに嬉しい。でも、だけど私は、それ以上に迷惑をかけたくないんだ。
「私、転校先ではどの部活にも入っていなかったの」
「……うん」
「中途半端は嫌だから……転校するかもしれないのに、居場所を作るのが怖かった」
白石君が葛西さん、と私の名前を呼んだ気がしたけれど、彼の唇からはただ呼吸音しか聞こえない。
迷いに迷って、自分では結局決められなくて、私はただ、俯くしかできなかった。
「テニス部、楽しそうで、私好きだよ……みんな仲良くしてくれるけど、だからこそ、近づきすぎたらダメだと思うの」
何でや、と白石君が苦々しく呟いた。
「怖がってたら何も出来へんよ。途中で転校したってええやんか。全国大会で、四天宝寺の応援してくれたったらええねん」
「……」
「それでもイヤなん? 他に入れない理由があるなら諦めるわ」
そんなのあるわけない。他に入りたい部活も、理由も何もないのに、それでも困ってしまう。楽しければ楽しいほど、それを失うのが怖いのだ。
「……一年の時は、はいってたの」
「? 何やて?」
「部活。小学校からの友達とね、作ったんだけど。それも家の都合で、置いてきちゃった……」
その彼女とは今も連絡は取り合ってはいるけれど。未だに、「もう少し一緒にやっていたかったね」なんて話をするのだ。とにかく、それ以来部活には入らないと決めていたのに、どうしてこんなにも心が揺らぐのだろう。
「じ、かんを……」
「……え?」
「もう少し、時間を、ください……考えさせて……」
今言えるのは、それだけだ。自分にとっても、白石君にとっても、お互いに妥協できる回答だったと思う。
「……わかったわ」
白石君もそれだけを言って、今回は引き下がってくれた。
帰ったらお父さんに聞いてみよう。私が部活に入りたいなんて二年振りに言ったら、驚くだろうか。
「……変なの」
休み時間が終わって教室に戻ってから、席についてそんなことを考えていた自分がおかしいと感じる。
断ったはずなのに、話を受けたいと思っている事実に。
『葛西さんがええねん』
そんな風に、誰かに必要とされる日がくるなんて、思わなかったから。
私はきっと、あの視線には逆らえないんだろうな、と考えて、笑みが零れる。
私も白石君がいい。彼のために自分が出来る事なら、何だってやりたいと、本当は思っていたのだ。