「毒手ってなんのこと?」
「は?」
朝練が終わって教室へ入ると既に席に居た彼女におはようと声をかけたら、珍しくさんが俺の顔をじっと見つめるもんだから柄にもなく緊張して次の言葉を待てばそんな言葉を投げかけられた。勿論予想なんかしていなくて、間の抜けた声が出る。
「昨日遠山君が、"白石の手に触れたらアカンで!"って……なんのこと?」
ああ、やっぱり金ちゃんか。それ以上に金ちゃんや小春以外にさんに触れられる男子は四天宝寺にはおらんと脱力する。俺もその一人だからだ。
「金ちゃんはゴンタクレやろ」
「ごん……何?」
「……手のつけられへん暴れん坊ってこっちゃ」
簡潔な説明にああと頷いて、それで? と視線で訴えてくる。純粋な瞳が可愛い、と思う。本当に。
「そのゴンタクレを制御するためにそないなことになっとんのや。金ちゃんはアホ……純粋やからな」
「なるほど……可愛いね、遠山君」
口元に手を当てて笑う仕草とか、物静かな喋り方とか。可愛いのはさんの方。
初めは興味だけで構っていただけだったけど、結構本気でやばいかもしれない。
「それにしてもさん、金ちゃんとそないな話までしとんの? いつの間にか仲ええなぁ」
「白石君が紹介してくれたでしょう? あれから廊下で会ったら話しかけてくれるの」
「へぇ」
弟が出来たみたいで可愛いよ。なんて楽しそうに語るさん。金ちゃんに嫉妬しても仕方ないのかも知れないが、少しだけ後悔した。俺よりも先に仲良くなられた気がして。
「白石君もありがとうね」
「え?」
「最初はとても不安だったの。でもテニス部の皆に紹介してくれたり、クラスでもたくさん話しかけてくれるから、学校楽しいよ」
嫉妬なんかしなくても、少しでもさんに見てもらえるならいいか。何たって相手は金ちゃんだし。
「そかそか、そんなら良かったわ」
「うん」
「お、何や白石。またさんをナンパか」
「……お前と一緒にすんなや、謙也」
俺より遅れて教室へ入ってきた謙也が、俺たちを見るなりにやついた顔で言った。赤い顔で俯いてしまったさんを横目に、そんなやからお前はモテんのやと言ってやる。
「痛いとこ突きおって。最近冷たいで白石」
「謙也に優しくした覚えはいっこもないねんけどな」
「……あはっ、」
時々謙也との掛け合いも楽しんでくれているようで、笑顔が増えた気がする。それで不安も取り除ければいいのだが、そうそう上手くもいかなくて。休み時間なんかはまだ一人でいる姿を多く見かける。
もうすぐホームルームの時間だろうか。教室にも人が増えてきた。そろそろ離れないと変な噂が立ちかねないなと考える。俺はいいけど、さんに不快な思いをさせたくはない。しかしまだ彼女と話し足りていない俺は、自分の席に戻る直前にある提案をしてみた。
「なあさん、昼休み一緒に飯食わへん?」
「え?」
「試合も近いで、テニス部の連中で集まってミーティングも兼ねてねんけど」
「それって、私が居たら邪魔になるんじゃ……」
謙也と俺は顔を見合わせて「ないない」手を振った。あの連中は部外者が一人増えたところで関係ないどころか、小春とユウジなんかは逆に喜びそうなものだ。
「一人で食うよりおもろいやろ」
「……うん。じゃあ、お邪魔してもいい?」
「勿論やで!」
「謙也、お前は校内放送やろ」
「は……しもた!」
「ミーティングはお前がおらんくても支障ない程度やから安心しとき」
一人でショックを受けている謙也を放置して、また後でと言い残し席に戻る。昼休みが楽しみだ。
「ほなさん、屋上行こか」
「あ、うん」
昼休み。一足先に放送室へと向かった謙也を見送って、さんを誘う。その前に俺は購買でパンを買うねんけど、さんどないする? 良かったら一緒に買うてくるで。そう尋ねれば、彼女は控えめに鞄から弁当箱を取り出した。「お弁当、持ってきたの」さすが女の子って感じだ。
「ほな俺は購買行くけど、教室で待っとるか?」
「あ、ううん。一緒に行くよ……それとも待ってた方がいい?」
「! いや、一緒に行こか」
嬉しそうに頷いて、小さな弁当箱を抱えるさんは本当に可愛い。
購買でパンを買って、屋上へ向かうために廊下を歩く。隣で揺れるセミロングの髪から香るシャンプーの香りについ気をとられていたら、すれ違う生徒とぶつかってさんが体勢を崩した。
「あ……っ」
「おっと」
咄嗟に差し出したのは、包帯を巻いている左手。バランスを崩した彼女の手を掴んだと同時にその華奢な身体に浸る間も無く、次の瞬間に
「あかーん!!」
「っ!?」
背後からの重たい衝撃に俺がバランスを崩してしまった。
「き、金ちゃん……」
「毒手はあかん白石!! 姉ちゃんも、白石の手に触れたらあかん言うたやろ!」
「え……あ、うん……」
床に沈んだ俺の上に乗っかって叫ぶ金ちゃんに、さんはたじたじで答えた。
それから廊下とキスしている俺に向かって心配そうに声をかけてくれる。
「白石君、大丈夫?」
「平気や……こんなん毎度のことや、慣れとるわ」
打ち付けた顔を押さえながら起き上がる。さ、はよ屋上行くで。そう告げたら、金ちゃんが目を輝かせた。
「姉ちゃんも一緒に飯食うのんか!?」
「う、うん。いい?」
「もっちろんやー! ほな行こ行こ!」
いつものテンションでさんの手をとって走り出す金ちゃん。引っ張られる形で屋上まで走らされることになったさんの姿はどんどん小さくなっていく。
やれやれと崩れかけた左手の包帯を巻きなおしながら、溜息を吐く。
「……」
もう少し触っていたかったなぁ。邪魔しおって、金ちゃんのアホ。