この年で特定の相手がいることなんて珍しい。大抵の中学生は、意中の人と二人きりで過ごすより、友達という輪の中を選ぶだろう。かくいう自分もその一人で……とは言っても、半ば強引に出席を決められてしまっただけなのだけれど。
「……アンタもいたんだ」
「王子は無理やり連れてこられた感じ? 人気者はツライねー」
「別に」
開放的になり賑わう教室の隅に二人はいた。注目を浴びるのはいつだって彼の方だけれど、今は思い思いに会食を楽しんでいるようで誰も二人が話をしているのを気にしてはいない様子。
王子、という呼び方についてはもう訂正することさえ面倒な様子で、テニス部所属の王子こと越前リョーマは炭酸飲料に口をつけながら面倒そうに呟いた。
最初にクリスマス会をしようと言い出したお調子者の堀尾というクラスメイト。どうやら他クラスでもそういった企画が上がっていて、触発されたようだった。うちのクラスでも是非やりたいと話を持ってきたが、クラスの大半がそれに賛同してしまったのである。勿論面倒なので断ったが、「ぜひさんに来て欲しい」とクラスの女子たちに嘆願され、押し切られてしまった。特に仲良くしていた記憶はないのだが、恐らくは越前リョーマを誘う口実にされたのだと思う。越前リョーマはと比較的よく喋るということは他クラスにまで伝わっている周知の事実で、リョーマに「さんが来るから越前くんも来てね」と言っていたのも聞いてしまった。
「は何で来たの」
「車で送ってもらったけど?」
「……そうじゃなくて」
移動手段ではなく理由を聞いているのに、この少女は理解して人をおちょくるような態度をする。
「面倒だけど、そこまで頑なに断る理由もなかったし。まさか王子も来るとは思わなかったけどね」
「俺は、」
アンタが来るから、なんて到底言えるはずもない。そんなことを言ってしまえば、まるで自分が相手に恋をしているようにとられてしまうだろうから。今はまだ興味の範疇でしかない、単なるクラスメイトの少女だ。
「何?」
「別に。何でもない」
「ふーん」
特に気にした様子もなく、はただ相槌を打つだけだった。しかし、
「あ、そうだ」
ふと思い出したように、鞄の中身を探るに、リョーマは首を傾げる。にCDとか、何か貸したっけ。
「さっきさぁ、先輩にこれ渡してって頼まれたんだ」
はソロ軽音部の一匹狼だ。彼女が先輩と言ったのは、テニス部であるリョーマの先輩に他ならなかった。放課後、廊下で呼び止められて渡されたのだという。鞄から取り出された封筒を受け取ったリョーマは、不思議に思いながらも封を開けて中身を確認した。
「……!」
一枚の紙切れ。達筆な字で、HappyBirthdayの文字が刻まれている。周りには全員からのコメントも添えられていて、誕生日なんて話した覚えなどなかったが、そういや部の中には人のプライバシーを侵害してくるほどのデータを収集している先輩がいたなと納得した。
その内の、書かれているメッセージのひとつが目に留まる。
『誕生日プレゼント、気に入った?』
恐らくは何を考えているかわからない、あの人の文字だろう。今日はテニス部の連中にはクラスの堀尾達以外には誰にも会っていないし、封筒にはメッセージカード以外には同封されているものは何もない。だとすれば、誕生日プレゼントとは何を指す言葉だろうか。
「何入ってた?」
「……」
無言のリョーマが気になったのか、が顔を覗き込む。特別隠す理由もないので手紙の内容を見せたが、理由を知らされていない彼女は目を瞬いた。
「え、王子今日誕生日だったの?」
「……まぁね」
「クリスマスイブが誕生日なんてすごいね! おめでとう」
「……!? あ、ありがと……」
淡白な彼女に今日が誕生日だと言ったところで先程のように適当な相槌が返ってくると疑わなかったリョーマは拍子抜けする。そして、先程のカードの内容を思い返した。
「さ、今日以外で先輩に何か言われた?」
「え? あー、うん」
今日はバースデーカードをリョーマに渡すようおつかいを頼まれたが、その数日前にも声をかけられていたとは言った。
「クリスマス会に参加するよう勧められたよ。三年生はクリスマス会とか別にないのにね」
「……にゃろ」
変な気の回し方は流石あの人だとしか言いようがない。毎度毎度、迷惑極まりないのだが。
「嬉しくないの? 先輩達にこんなに愛されてるのに」
「愛って何」
嬉しくないわけじゃないが、その思いやりが少し重たくなる時もある。だが、今回は。今回だけは、
「とりあえず乾杯しよ、乾杯。飲み物とってきてあげるから」
「……どーも」
空になったグラスを手にドリンクの置いてある場所へと向かう。その後ろ姿を眺めながら、思う。
こういうのもたまには悪くないかもしれない。