女ってやつは




     ミーハーな女子は好きじゃない。煩すぎるし、無意味に騒ぎ立てられて疲れるだけだ。
     フェンス越しにテニス部を見て、黄色い声が上がる。アイドルの集まりじゃないんだからさ、と心の中で悪態を吐くが、その中心で声を張り上げているのは同級生の小坂田朋香率いる親衛隊だった。その声援を聞きながら先輩達(主に英二先輩と桃先輩)はニヤニヤしながら「モテモテじゃん」と茶化してくるし、本気で面倒くさい。
     俺はただテニスがしたいだけだ。周りなんて関係ない。周囲の女子も先輩達も無視してサーブを打とうとすると、英二先輩が「あれ?」と間の抜けた声を発した。

    「あの子、初めて見るにゃ」
    「本当だ。周りとは雰囲気が違うね」

     英二先輩の声に大石先輩が反応して、そちらを見る。そして俺はそこにいた人物に、手にしていたテニスボールをコートの上に落とした。越前? 相手コートの河村先輩が首を傾げたが、既に俺には届いていなかった。
     クラスメイトの。身長に合わないギターケースを担いで、他の女子たちとは距離を置いてテニス部の練習風景を見ていたその存在が、他の部員たちの目を引いていた。一見つまらなさそうに、興味無さそうな表情だが、その視線はしっかりとボールを追っていた。

    「!」

     は俺と目が合うと、小さく口角を上げて笑った。それが何を意味しているのか、解りはしない。ただ、その馬鹿にされたような視線が俺は、少しどころではなく面白くなかった。
     知ってるんじゃん、と心の中で毒吐く。俺がテニス部であることを知らないという様子で、「どこかの部の王子様」と連呼し続けたが、テニスコートのフェンス越しに俺を見ていた。なんだ、あいつ。

    「あの子、おチビを見てない?」
    「なんだよ、また越前かよー」
    「知らないっすよ」

     英二先輩と桃先輩がそんな茶々を入れてきて、俺は拾い上げたテニスボールを今度こそ打った。少し力んで、アウトにはならなかったがギリギリだった。
     そんなんで練習試合が終わって、フェンスに目をやったときにはもう、の姿はなかった。他の女子たちはまだ騒いでいる。
     俺は、何でこんなにが気になるのか、自分で自分が理解できなかった。



    「何、昨日の」
    「?」

     翌日、教室に入るなりに声をかける。俺が自分から誰かに話しかけるのは珍しいから、一瞬だけ周囲の視線が集まった。けれど、は特に意に介した様子もなく「何のこと?」と返した。

    「テニス部、見てたじゃん」

     ああ、と頷いて、は淡々と答えを口にする。特別な理由はない、と。

    「練習の帰りに、ちょうど目に付いたから。賑やかだったし」
    「俺がテニス部だって、知ってたの」
    「知らないよ。でも、一番目立ってた」

     さすが王子サマだね、なんて言われてもまったく嬉しくない。のどうでも良さそうな態度に憤慨した俺は、そのまま無言で自分の席に着いた。後ろの席から堀尾が、「何だよ越前、のこと好きなのかよ?」とかなんとか言っていたけど無視をした。
     それからチャイムが鳴ってホームルームが始まると、また堀尾に話しかけられ、後ろからメモ用紙を渡された。

    「これ、越前」
    「……何」
    「から」
    「ああ……」

     あいつも普通の女子みたいに手紙交換とか、するんだ。よくわからない感想を抱きつつ、四つ折りにされた紙を開いていく。可愛らしいメモ帳ではなく、ただの大学ノートの切れ端。中身は、ただ一言。

    『格好良かったよ』
    「……」

     漢字が読めなくて雰囲気で何となく理解した俺は、誰にも見られないように四つ折りに戻して制服のポケットの中にしまった。なんだろう、このもやもや。先輩達にからかわれている時のように、どうしようもなく腹立たしい気持ちになる。が、は同じ年。先輩達に遊ばれる以上にもっと苛立った。

     わからないフリをして、わかりたくなくて、その実しっかり理解している俺は、担任の話を真剣に聞いているフリをしていたの横顔を盗み見ながら、静かに嘆息した。
     俺は、冷めた態度で俺を見下す様な女が、きっとミーハーな女子以上に苦手なんだ。

    「くっそ……むかつく」

     それが自分と似ているからだってことに気づくのは、もう少し先になる。

    to be continued...





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