友情と××の境目




    「知ってる? 赤也は結構モテるらしいよ」
    「……で?」

     べつに、と言いながら兄は読みかけの本に視線を落とした。その口元は何だか楽しげで、私のことを笑っているみたいだった。
     切原が学年を問わず――特に三年の女子に人気があるのは知っている(弟みたいで可愛い、と前に先輩が言っていた)。けれど、それは私には何の関係もない。
     優雅に紅茶を飲みながら読書に勤しむ兄へと視線を送る。私は私で、今度のバザーに出品する手芸品の新作を自室で制作途中、その息抜きに居間に顔を出しただけに過ぎなかった。兄の飲んでいる紅茶を見て、自分もとキッチンで用意を始めた際にそんな突拍子もないことを言われて、返答に困ってしまう。

    「切原に興味は、ないし」
    「だろうね。赤也もそう言ってた。あいつに好かれるなんて有り得ません、って」

     切原に、興味はない。それは本当のことだし、切原だってどうして私に声をかけてくるのかわからない。彼にしてみれば私なんかはただのクラスメイトで、更には自分が所属しているテニス部の部長である幸村の妹でしかないのだし、テニス部内で最強と恐れられている兄に、近づきたいなんて思うはずもない。私と付き合うメリットなど何もないのではないだろうか。それを正直に伝えたところで、兄はやはり楽しそうに笑うだけなのだった。

    「どっちに転んでも、俺は面白いからいいんだけどね」

     くすくすと笑いながら、それでも尚本からは目を外さない兄を横目に、さっさとティーカップとポットに用意した紅茶をトレイに乗せて自室へと戻る。
     どっちって、どっちよ。心の中で悪態を吐く。いいや、本当はわかっているのだ。兄は私の想いに気づいている。それ以前に、彼らの所属するテニス部内で、気づいていない人はいないだろう。当人達だって、私の想いを知っているはずだ。知りながら、私の心を追い詰める。私が本当に想いを寄せているのは、切原ではないのだと。



     翌日の月曜日。教室に入ると、まず目に付いたのはクラスの友達と談笑する切原の姿。昨日兄とあんな話をしたから、気になってしまうのは仕方の無いことだった。それだけで恋に落ちるとか、そんなありきたりな少女漫画のようなことはありはしない。ただ、人気はあるのだ、切原は。多少粗暴な言動がみられるが明るくて、男女共に友人が多い印象だった。頭が悪いのも、愛嬌だと周りは言う。
     真っ直ぐに自分の席へ向かおうとすると、切原と目が合う。彼は私の姿を見つけると、目を細めて笑った。だから私も、自分の席へ向かうのは止めて、切原の席に近づいた。

    「お、幸村。はよ」
    「……おはよう。本当に、早いね」

     私も登校は早いほうだけれど、朝練のある運動部の朝は特に早い。兄も、私が起きた時にはもういなかったわけだし。
     切原は朝が苦手なイメージがあったのだけれど、それは間違っていたのだろうか。と思ったが、口を開いた彼は欠伸交じりにこう言った。

    「だろ? 本当、ヒデーよな。毎朝五時起きって……しかも遅刻したら副部長のビンタだぜ」

     だからだろうか。切原は、授業中はいつも寝ているか、漫画を読んでいるかだ。それだもの、テストでいい成績なんか取れるはず無い。怒られるのも当たり前だよ、と呟く。

    「そして補習で、部活どころか大会にも出られなかったらどうするの。一応レギュラーなんでしょう?」
    「そうなんだよな……何、俺のこと心配してくれてるわけ?」
    「違うわ。切原が出られないことによって、先輩方が迷惑すると言っているの」

     切原は机に突っ伏して「ひでぇ」と呟いた。友人として、切原のことが嫌いなわけではない。こうやって話をするくらいには仲がいいとも思う。だが、切原が私のことを"そういった対象"で見ていることを知っているからこそ、ある一定の距離を保っていなければならないのだ。近づいてしまえば、それはもう"友人"ではいられなくなってしまうから。

    「ま、頑張りなよ」
    「おう。……サンキュな」

     席を離れる際、小さく告げられた言葉にぎくりとした。振り向けば、切原の視線が私を射抜いた。ずるい、ずるい、ずるい。そんな顔で、私を見ないで。
     心が、揺らいでしまいそうになるから。

    「、バザーに出品するもの決まった?」

     自分の席に戻ってから数分後。詳細を言えばホームルームの五分前。ギリギリで登校してきた手芸部の友人が声をかけてきた。

    「え? ああ……コースターとか、ヘアゴムとかでいいかなって思ってるけど」
    「えー、意外。もっと気合入ってるかと思ってたのに」

     何が意外なのか、友人は本気で驚いた顔をしていた。今回は色々と考え事が多くて、それどころではなかったというのが本音なのだけれど、そんなことを馬鹿正直に話せば、彼女のことだから嬉々として首を突っ込んでくるに違いない。余計なお世話だ。

    「だって地域のバザーでしょう? 百円二百円程度のもので良いって言ってたし……手間を増やせばその分金額も上がるし、高いと売れないと思う」
    「まあ、確かに。けど、今回はあまり乗り気じゃなさそうね?」
    「そう、かな……」

     図星を指されて、視線を反らした。複雑な現状を勘繰られそうで緊張したが、ちょうどそこでチャイムが鳴った。ホームルームを始めるぞ、と担任が入ってくる。

    「あ、じゃあ、またね!」
    「うん」

     慌てて席に戻る友人を見送って、溜息。助かった、と言わざるをえない。自分でも整理のつかないこの気持ちを、他人に悟られるわけにはいかないのだから。

    to be continued...





      ※ブラウザバック推奨