「最近、変わったよな」
「うん、明るくなった、と思う」
男子の中でそんな会話が交わされるようになって、正直気が気じゃない。さんが可愛いなんて俺の方が先に気づいていたよ、と心の中で牽制してみても無意味。というか、はっきり言ってしまいたい気持ちはあるけれど、流石の俺でも無理だった。中学生で、大々的に告白できる勇者はそうそういないだろう。
二年に進級してからの彼女は、本当に頑張っていたと思う。彼女――さんは俺に言った。「菊丸のように、少しは明るくなれるように頑張ってみるよ」と。その発言の通りに頑張った彼女に対して、周りの見る目が変わってきたのだ。
初めて、俺以外に友人が出来た、陰口を言われることも減った、そんなことを逐一報告してくれるさんはキラキラと輝いていて、俺は他人事のように青春だなあなどと思っていた。そんな彼女を気にしている俺も、十分青春しているけれど。
「……そうなの? ううん、知らなかった。教えてくれてありがとう」
イライラする。俺が先に仲良くなったのに。クラスの連中と喋っている彼女の姿を見かけるたびに、自分の心の奥底に眠っていた感情に驚かされた俺は、これが嫉妬というものなんだろうな、とすぐに理解した。
「ねぇ菊丸」
「何? さん」
「次の体育、隣のクラスと合同なんだって」
知ってた? そう笑いかけてくる彼女に、静かに首を振る。
「知らない。っていうか次、体育だっけ」
「あれ、珍しい……体育好きだよね?」
身体を動かすのは好きだ。きっとこのざわついた気持ちをも払拭してくれるだろうと思ったけど、しかし合同体育ではどうしてもさんの姿がちらついて離れない。この調子で部活なんて出たら、先輩達からどやされるに決まってる。参ったなあ、と一人ごちる。
「……うん、好きだよ」
小さく呟いて、体操着の袋を持って更衣室へと向う。男子のほとんどは更衣室を使わないで教室で着替えているけど、まあ俺もいつもはそうしているんだけど、今日は大人しく教室を出た。あまり、他の男がする彼女の噂とかも聞きたくないんだ。
「? 菊丸……?」
さんの心配そうな声も、あえて聞こえないフリをした。
「気になるの?」
「は……え!?」
「さっきから目で追ってるよ。さんのこと」
楽しそうに笑いながら、不二がそう聞いてきた。そういえばさっきペアを組んでストレッチをしていたときも、不二は意味深な笑みを浮かべていたと思ったけど、俺の様子を見て楽しんでいたのか。そう思ったら何だか少し腹が立った。
「……うるさいな。不二には、関係ないだろ」
男子はバスケだ。俺と不二のチームは空き時間で他チームの応援中。コソコソと喋っていると、一度先生に「ちゃんと応援しなさい」と注意をされた。
女子は隣のコートでバレーの試合をしている。額に汗をかきながら、必死にボールを拾うさんの姿をついつい追うのも仕方ない。だってやっぱり気になるんだ。
「告白はしないの?」
「ぶはっ……あのさ、俺にもタイミングってもんが」
「うん、知ってる」
そうやっていつも余裕そうに笑うんだ。不二は、性格が悪い。
でも、そんな不二もつい最近彼女が出来たって話を俺は知っているんだ。だからこその余裕なんだろう。
「くっそー、みてろよ。俺だっていつか……」
「あはは」
いつになるかなんてわかったもんじゃないけど、このままでいいなんて思ったりしているわけでもない。気になる子、じゃなくて、ちゃんと"好きな子"なんだ。
いつの間にか男女どちらも試合が終わって、次の試合が始まる。俺のチームと不二のチームが当たるから、ここからは敵同士。散々からかわれた分、少しは返してやらないと気がすまない。
先生のホイッスルの音に、先を行く不二を小さく睨みつけてやれば、女子チームの方からさんが戻ってくるのが見えた。
首にかけたタオルで汗を拭いながら、俺の姿を見つけて彼女は手を振った。
「菊丸、がんばれ!」
「……おう!」
そんな声援ひとつで調子を取り戻すとは、俺はなんて現金なんだろう。