あまり、周りにはいないタイプだと思った。いつもクラス全体で馬鹿騒ぎして、その中心になって盛り上げる、もしくは自分だけ盛り上がってしまうのが悪い癖だとよく言われるくらい、俺は楽しいのが好きだ。でも、彼女は違うみたいだった。
よく、休み時間を一人静かに過ごしているのを見かける。クラス委員の頭の良い子たちなんかは本を読んだりもしているけれど、そんなこともなく、ただ窓の外をぼーっと眺めているだけ。楽しいのかな? そう思って、何だか少し気になった。でも、話しかけづらい雰囲気というのは確かにあって。その内にみんなで騒いでいるほうが楽しくなって、忘れるくらいの存在だったのだろう。そこまで仲良くなりたいと思っていたわけでもなかったんだ、初めは。
。入学当初から机に貼られたネームシールを律儀にもそのままにしてある彼女の机を盗み見て知り得た名前。けれど、その名前を呼ぶこともなく二ヶ月が経った。近寄りがたいと言うよりも、周りとは異質な雰囲気だったから。もし、一人が好きな人だったら邪魔してしまうのではないだろうかと、そんな風に考えたりもして。しかし、ある時訪れたチャンスを、俺が逃すはずはなかった。
「隣、よろしく!」
席替えをしようと言い出したのは俺じゃない。でも、イベントが大好きなこのクラスでは反対する者はほとんどいなくて、例外なく俺もくじを引いて一番後ろの窓際から二列目の席に当たった。ラッキー、先生からあまり見えない! と一人喜んでいると、一番窓際の席にさんの姿があった。適当に引いたくじが当たったのだろう。面倒そうに、席に着くなり頬杖を突いて窓の外を眺めていた。
結構勇気を持って話しかけてみたら、彼女はぽかんと呆けていた。怒られるかなと思ったけれど、どうやら違うようで。もしかして名前覚えてない? 問えば、ごめん、と素直に謝られた。二ヵ月も経つのに、なんて言ったが、俺だってさんと喋るのはこれが初めてだったから、別におかしなことでもないのかもしれない。会話もしない人の名前なんて、覚えていなくて当然だろう。
話してみれば、案外普通の女の子だ。口下手で、人と喋るのが苦手。そんなこと言われても、正直俺にはその気持ちは全くわからない。でも、このクラスが嫌いだとか、そんなことはないようで安心する。俺と友達になろう。我ながら突っ走りすぎたかもしれない。でも、さんは豆鉄砲を食らったような顔をして、それもすぐに嬉しそうに笑った。よろしく。差し出された手は、細くて柔らかかった。
せっかく友達になろうと言ったのに、どう関わっていいかわからない俺は、いつものように友達と馬鹿騒ぎをしながら時々さんに話題を振るようなことしかできなかった。喋るのが苦手だって言っているのに酷な話だ。当時の俺はそんなことにも気づけずに、テンパっていたとしか言えない。さんも困惑して、「知らない」とか「どうでもいい」なんてそっぽを向いてしまって、その度に俺は、またやってしまったとそこでようやく気づくんだ。周りの友人はそんなさんを見て冷たい人だと言う。でも、悪いのは俺の方だ。彼女の気持ちも考えず、自分の物差しだけで言葉を発してしまうから。
「あれ、さんは?」
「チャイムが鳴ったら、即行で出てったよ」
次の理科の授業は確か、実験があるから移動だったはずだ。でも、歩いたって二分もあればつくのに。早すぎじゃない? 思ったけれど、そうすれば人と喋らなくていいもんな、なんて勝手に納得した。
に気があるのか、なんてはやし立てるクラスメイト達が面倒で適当にあしらって、後を追うように廊下に出る。少し歩くと、彼女の姿は意外と直ぐに見つかった。誰かと喋ってる。
「……大石?」
同じテニス部で、今度からダブルスを組むことになった大石だった。珍しい。というよりも、さんが誰かと雑談をしている姿を見たのは初めてだ。それも、嫌そうじゃないというか、むしろ嬉しそうに。
何だか少し面白くなくて、声はかけなかった。それから大石と別れた彼女が理科室へ入ったのを確認して、すぐに俺も向かう。ガラリとドアを開けると、さんは驚いた顔をしていた。まあ、当然といえば当然かもしれない。
「さっき、廊下で大石と何か喋ってた?」
「え?」
「さんが他の人と話してるの、珍しいなーと思って。しかもクラス違うじゃん?」
もやもやとした気持ちを誤魔化したくなくて、すっきりとさせたくて、隠さずに尋ねれば、彼女はああと頷いて、大石とは小学校が一緒であることを話してくれた。なるほど、確かに大石は誰にでも分け隔てなく接する良いヤツだ。更には現金なもので、俺と大石のペアが合っているなんて言われて嬉しくなった。
もう少し小学校の頃の話とか聞きたかったのだけど、そこへクラスの連中が続々と入室して来たせいで、会話が終わってしまった。更には、さんと二人きりでいたことに対して変に勘ぐられ、俺は別に気にしないけど、さんはやっぱり嫌だったみたいで。勢い良く席を立って、離れてしまった。さっきまで、楽しかったのに。
それからだ。今まで以上にさんが俺に対して距離を置くようになったのは。
「あのさ、さ――」
「……先生に、呼ばれてるから」
近づけば離れられる。そんなにイヤだった? 俺と話をするのは。少しは仲良くなれたかもって思ったのは、俺の自惚れだったのかな。
流石に俺でも避けられれば凹むもので。そんな日々が続いて、気がつけばもう冬の終わり。世間はバレンタインがどうだとかで浮き足立っていて、俺も女子から義理チョコを頂戴したりもしたけれど、正直そんなことはどうでも良かった。未だひとりで窓の外を見続けるさんの存在が気になって、仕方が無いのだ。
どれだけ冷たい態度をとられても、もう少し話をしたい。これが恋かなんてまだわからないけれど、諦めの悪い俺は、やっぱりこのままなんて嫌で。そんなとき、ふと思い出したのだ。確か、大石と同じ小学校だって言っていたっけ。
「さんって、どういう子?」
「え、どうしたんだい英二。」
ダブルスを組んで半年以上。そこそこ仲も良くなってきた大石に、さんのことを聞いてみる。突然のことに目を丸くする大石だったけれど、すぐにいつものような穏やかな笑みを浮かべて答えてくれた。
「今とあまり変わらなかった気がするよ」
「今とって……一人でいるってこと?」
「そう。悪い人ではないんだけど、頭が良くてはっきり物を言ってしまう人だから、皆敬遠しちゃってね」
「あー……」
わかる気がする。更に美人なだけに、面と向かって否定的な意見を言われると結構きついんだよなあと思いながら、大石の言葉に耳を傾ける。
小学校から水泳をやっていて、水泳部に入っていること。家が花屋でよく家の手伝いをしていること。自分の短所を理解しているから、他の人と一定の距離を保っていること。これは以前、本人から直接聞いたらしい。
本人のいないところで情報のやり取りは、本来はいけないことなのだろうけれど、今の俺に話してくれるとは到底思えない。話を聞きながら、少し考える。やっぱり、このままでいいなんて思えない。
「ありがと、大石。俺も大石みたいな存在になれるように頑張ってみるよ」
「あ、英二! ……俺みたいな存在って、本気で言ってるのか……?」
後ろで呟かれた大石の言葉は、もう聞こえなかった。
それから何度か会話を試みようとしたけれど、中々近づく隙がない。クラスの皆がいる中で話をするのはきっと避けたいんだろうから、話しかけるわけにはいかなかった。そして更に、皆が俺を一人になる時間を与えてくれなかったのだ。毎日クラスの中心で馬鹿ばっかりやっていたから。
やがて、二年に進級して、あれから全く話をすることなくクラスも別々になるのかなんて思いながらクラス表を見れば、そこにはさんの名前があって。俺は急いで教室に向かった。
疎らに入る元々別のクラスだった人たちを横目に、真っ直ぐ窓際の席へと向かう。今年は席順が面倒だったのか、黒板に「好きな場所に着席して下さい」と書いてあって、心の中で教師に賞賛の拍手を送りながら一番後ろの窓際二列目に座る。
さんは机に突っ伏して、誰とも目を合わせないように眠ったフリをしていた。それがおかしかったのと、また同じクラスになれたことが嬉しくてふっと笑みが漏れた。それに気づいた彼女が顔を上げて驚いた顔をするから、俺はいつもの調子でおどけた口調で言うのだった。
「また同じクラスだね。よろしくにゃー」
冷たくあしらわれるだけかと思いきや、さんは呆れたように笑んで、だけど嫌悪感は含んでいない真っ直ぐな目で俺を見た。
「……よろしく」
ダメだとは言われなかったから、そのまま隣の席に居座ることにした。
今年こそは、仲良くなれればいいなあ。なんて、思いながら。