いつもニコニコとしていて優しい。けれど優しいだけじゃなくて、とても強いのだ、周助は。その強さに、彼に、私は幾度も助けられてきた。
「だからちゃんは、兄貴が好きなんだろ?」
「え……う、うん。そうだけど、わかる?」
「見てれば。けどさ、兄貴って頭はすげぇいいけど、自分のことには適当なんだよな」
確かにそうだ、周助は、自分の家族や大切な人が危ないときにはすぐに助けに来てくれるけれど、自分のことで怒ったりはしない。だから、今回も私も為なのかなとか、勝手なことを思っていたのだけれど。
「……なんで?」
「だって、周助ってば一年生なのにすごい人気なんだよ。よくクラスの女の子とか、先輩からもお手紙貰ってるの」
「それで、なんでちゃんのため?」
「……幼馴染ってだけで近くにいたら、きっと周りもよく思わないだろうし……だから、わざと私を近づけないようにしてるのかなって」
「ふーん」
裕太君は周助の弟で、今は小学六年生なのだけれど、よく私の相談に乗ってくれる優しい男の子だ。でも、小学生の裕太君にまでバレているのなら、私の気持ちは周助にも筒抜けなのではないだろうか。その上で、私と居たくなくて避けられているのだとしたら。考えれば考えるほど怖くなって、そうして私はまた由美子お姉さんや裕太君に泣きつくのだ。
「いやー、それはないから、大丈夫だって」
「そ、そう?」
「うん、だって兄貴、ちゃんのことめちゃくちゃ大事だから」
「……だと、いいな」
「…………俺も、だけど」
最後に裕太君が呟いた言葉を、自分のことで手一杯の私には届くことはなかった。
「ありがとう裕太君。いつもお話聞いてくれて」
「あ、い、いや、俺も! ……お菓子ありがとう。ちゃんの作るお菓子、美味しいから嬉しいよ」
裕太君は素直で可愛い。だから私は、彼になら何でも話せてしまうのかもしれない。
「じゃあ、またね。裕太君も早く、一緒に中学校通えるといいね」
「……うん、そうだな」
「もうダメ、周助に嫌われたかもしれない」
「それ、確か去年も言ってなかったか?」
「周助、私のことさんって呼ぶし、用事が無かったら話しかけちゃダメって言うし……他の女の子には、優しいのにな」
翌年、二年生になっても変わらなかった私達の関係。裕太君も中学生になって、同じ青春学園に通うようになって、より近くで私と周助を見ていた彼は呆れながらもきちんと私の話を聞いてくれた。
それなのに、
「いいなー、裕太君は、周助と同じテニス部で」
「……」
本当なら、私もテニス部にマネージャーとして入って、周助の手伝いをしたかった。調理部が楽しくないわけではないけれど、それでもやはり、私の一番は周助なのだから。
羨む私に、裕太君は何やら考え込んで視線を泳がせていた。
「……ちゃん、俺さ」
「うん? なあに?」
「いや、なんでもない」
私は裕太君の心境の変化に、全くと言っていいほど気付けなかったのだ。
晩秋のある日。以前から由美子お姉さんに言われていた通り、時間と共に私と周助の距離は近くなっていった。そのことが何よりも嬉しくて、誰かに伝えたくて、私はずっと話を聞いてくれていた裕太君を探して学校中を走った。けれど、結局裕太君の姿を見ることは出来なかった。
「……転校?」
「うん、聖ルドルフの寮に入ってる」
「いつ、から」
「三日前かな。」
周助の家に行ったときに、その事実を聞かされた。テニス部に入部してから、「不二弟」としてしか見てもらえないということに憤りを感じて、不満を持っていた裕太君を、聖ルドルフの人が勧誘したのだとか。どうして相談してくれなかったのだろうと思ったが、そういえばあの時、彼が何かを言おうとしていたのを思い出した。言わなかったのではなくて、彼は言えなかったのだ。私が、周助のことが好きだから。
「……裕太君、いつ帰ってくるの?」
「長期の休みには帰ってくるよ。が心配してるって、伝えておくから」
「うん、お願いね」
周助も残念がってはいたけれど、心配はしていない様子だった。どこにいたって、周助が裕太君を大好きなのはずっと変わらないからだ。
私も学校で裕太君に会えないのは寂しいけれど、彼が帰省したときは、必ず会いに来よう。彼の大好きなお菓子を持って。
「でも、最近は裕太のことばかりで、なんだか妬けちゃうな」
「嘘ばっかり。そんな顔してないじゃない」
「酷いな、信じてくれないんだ?」
「……そうじゃ、ないけど。でも裕太君は私にとっても大事だから」
周助が大好きでたまらないくらい、可愛い弟。勿論私にとっても、だ。
「相変わらず仲良さそうで何よりだよ」
「えへへ、裕太君や由美子お姉さんが相談に乗ってくれたお陰だね」
裕太君が帰省するときは、由美子お姉さんが事前に連絡をくれる。学校で周助からそのことを聞く前に私が裕太君今日帰ってくるんだよね? と聞くと、僕が言いたかったのにな、なんて彼にしては珍しく口を尖らせて不満気に言うのだった。
「これ、アップルパイ焼いたんだけど。おばさんみたいには上手に出来ないから、裕太君の口に合うかはわからないんだけど……」
「えっ、食べるよ! ちゃんのお菓子は本当、美味いんだからさ」
躊躇う私に、裕太君は食い気味に手を伸ばしてきた。パイを入れてきた真白い箱を奪われて、それを開いた裕太君は感嘆の声を上げた。美味しそう、って。いつも言ってくれるけど、裕太君が喜んでくれるのは嬉しい。
「俺、包丁持ってくるな」
「うん。あ、周助は今日何時に帰ってくるかな」
「んー……菊丸さん家に行ってるみたいだから、夕方じゃないかな」
携帯で連絡すればいいじゃん、と裕太君は少しぶっきらぼうに言う。だけど私はあまり不必要に連絡をとることを好まないので、こうして家で待たせてもらうことが多いのだ。
周助と両想いになってから、裕太君に会う度、何故か彼は元気が無さそうに笑う。周助はその理由に気付いているようだったけれど、私が聞いても教えてくれなかった。裕太自身の問題だから大丈夫だよ、そう言うだけで。
「幸せそうで、良かったな」
裕太君が、当時私のことを好きだったと聞かされたのは、高校と大学を卒業して、私達が大人になってからだった。