身近にいる人に対して、どうしてこうも大切だと思う気持ちが芽生えるのだろう。
人の想いって不思議だと、つくづく思う。
「周助!」
可愛い幼馴染は僕のことをそうやって呼ぶ。家は隣同士とまではいかないけれど比較的近くで、小学校の頃からよく一緒に遊んだ。彼女は僕の姉弟とも仲が良く、彼女のことも家族のように思っていた。
「」
そう僕が彼女の名前を呼ぶたびに、彼女は柔らかな髪をふわりと揺らして、花のように微笑む。可愛くて、愛おしい僕の幼馴染。誰にも渡したくはないと思えば思うほど、独占欲が増していくほど、その貪欲な感情を知られたくなくて、興味のないふりをしては彼女を傷つけた。わかっているのに。そんなことをしてしまえば、いつかその心は自分から離れていってしまうなんてことくらい。
「周助……わたしのこと、嫌いになったの?」
中一に上がって、同じクラスになって。小学校と同じように無邪気に話しかけられた僕はつい「学校で話しかけないで」なんて彼女に言ってしまった。は理解できないと苦しんで、僕のいないところで僕の姉さんに相談してる。
「周助は部活、テニス部に入るんだよね?」
「……うん、そうだね」
「わ、わたしね、テニス部のマネージャーとか、やってみたいな」
「……」
僕の顔色を伺いながら、は小さく口にした。だけど僕は、そんな彼女の願いを一蹴した。
「ダメだよ」
そんな気持ちでテニス部に関わられたら迷惑だなんて、よくわからない理由を並べ立てて。がどんな気持ちでそれを口にしたのか本当にわかっていたのかと問われれば、否。実のところ理解しようともせず、ただ自分の気持ちだけで否定してしまったのだ。
男子テニス部で、僕以外の人と仲良くするなんて、そんなの絶対にイヤだった。なんて自分勝手で、身勝手なんだろうと呆れてしまう。はまた泣きそうなのを我慢して、そっか、仕方がないねと笑った。言い過ぎたと謝ることも、僕にはできなかった。
「ちゃん、調理部を作ったんですって」
「……へぇ」
夕飯を作りながら母さんが楽しそうに言うのを、裕太と一緒にテレビを見ながら聞いていた。楽しげなバラエティ番組だったが内容は頭に入ってない。興味なさそうに返事をして、実のところしっかり耳は母親の話に向いているのだ。
本当は、そばに置いておきたい。部活なんかしないでいいから、一緒にいてよ。……なんて、言えたらどんなに楽なんだろう。どうでもいい相手に笑顔を作るのは簡単なのに、本当に優しくしたい人に優しくできないなんて、この口は、顔は一体何のためにあるの? 僕は、彼女を一体どうしたいのだろう。
「周助、ねえ、周助ってば!」
「……何? あまり、話しかけないでって言ったよね?」
「うん、言われたけど。でも、どうしても渡したかったから」
数日後。部活の休憩中、は随分と弾んだ声で僕に話しかけてきた。何かいいことがあったんだということは明白で、そのワクワクした感じが自分へと向いていて、たぶんこれは、「褒められたい時の顔だ」と思った。
「今日ね、初めて部活動して、これ、作ってみたの」
そう言ってが取り出したのは、可愛らしくラッピングされた紙包み。中から、ふわりと甘い香りが漂う。
「マフィンなんだけど」
本当はアップルパイを作ってみたかったけど、まだハードル高くて。
火や電子機器を使う活動ということで、しっかり顧問がついて活動を始めた調理部。生徒たちの要望を聞いた顧問が、しっかりと吟味してレシピを提示してくれるのだとか。
はりんごが好きな僕のためにアップルパイを焼いてくれようとしたが、初心者にアップルパイは難しいということで、シナモンマフィンを作ることになったらしい。
そう話すに、口元がにやけるのを必死にこらえながら背を向けて歩きだした。これからミーティングだから、というオーラを放ちながら、彼女に向けて言葉を放つ。
「……帰ってから開けるよ」
「ちゃんと、食べてくれる?」
「気になるなら、今日、うち来て」
学校で、からの差し入れを食べているところを見られたくなくて。そう言えば、彼女は弾かれたように顔を上げて、久しぶりに花のように笑うのだ。
「う、うん! 実はね、裕太君のもあるの。由美子お姉さんと、おばさんとおじさんの分も!」
やけに大きな袋を提げていると思ったら、そういうことか。
それじゃ先に帰っているからと告げて、は鼻歌交じりに帰っていく。つい最近まで避けられて悩んで泣いていたらしい彼女は、話しかけるなと言われたことなどもうすっかり忘れてスキップで歩いていた。
「……」
うちに帰ったら、が待っている。そう考えただけで、これから行われるミーティングが楽しみになってくる。早く終えて、彼女の後を追おう。きっと家に入れば、いつもの笑顔で「おかえり、周助」と言って微笑んでくれるはずだから。
受け取った紙袋から、シナモンの独特の香りが漂っていた。