遠くなった距離




     小学校の頃は男女問わずに誰かの家に集まって遊んだりするのもよくあることだと思う。
     たまたま家が近くで、何かと縁があってクラスが六年間一緒だったり席が近かったりということもあって、二人は幼馴染なんていう関係だった。それがどういったものかも気にしたことなんてなくて、ただ一緒に居て楽しいから、傍に居て心地いいから、その関係に甘えていたんだ。

    「……学校であまり話しかけないでくれるかな」

     本人の口から、拒絶の言葉が放たれるまで。
     彼、不二周助とは先に言ったとおり幼馴染だ。小学校の頃はそれで良かったのだけれど、中学校に上がってからはどこか余所余所しくて話しかけても素っ気無い。名前も呼び捨てだったのに名字で呼ばれることが増えた。その現象がよく解らなくって、彼が部活動に入ったのを良いことに、周助がいない間に不二家に上がりこんでは彼の姉である由美子さんに泣きついた。

    「ねぇなんで? 私、悪いことしたのかなぁ」

     由美子さんは決まって、そうねぇと楽しそうに笑う。きっと時間が解決してくれるわよ、とも。まだ思考が幼かった私は、その言葉の意味が理解出来ないまま時を過ごした。由美子さんの言っていた通り、やがて時間が解決してくれる結果となったのだけれど。
     これはまだ、二人の距離が遠かった頃の話。



    「ちゃん、部活何に入るの?」
    「え? えー……まだ決めてないかなぁ」

     入学して一週間。部活も仮入部という期間があって、どの部もたくさんの新入生で溢れていた。私は同じ小学校の友人と新入部員歓迎のポスターを眺めながらそんな話をした。そんな友人に対しても「もう決めたの?」と尋ねれば、彼女はあははと乾いた笑みを浮かべて申し訳無さそうに言うのだった。

    「ちょっと家の事情で、部活は難しそう。途中で抜けるのも、何だか悪いし……」
    「そっかぁ」
    「でも、この学校いろんな部活があるから、迷っちゃうよね。ちゃんなら、バレー部とか似合いそう」

     確かに小学校の時は少年団でバレーをやっていたし、そんな風に言ってくれるのは嬉しいけれど。

    「……」

     ポスターを眺めながら、脳裏に浮かんだのはテニスをしている周助の姿だった。人が何かに真剣に打ち込む姿は、格好良い。周助は、テニスをプレーしている時が最も輝いていたし、私はそれがとても好きだった。だから、一瞬だけ思ってしまったのだ。テニス部のマネージャーになれば、もっと近くで彼のことを応援、サポートできるのではないかと。浮ついた気持ちで、不純な動機で、そんなことを思ってしまった自分を後に恥じることになる。



    「ダメだよ」

     テニス部のマネージャー、やりたい。
     周助の家に遊びに行ったとき、何気なくそう伝えれば、一蹴されてしまった。どうして? 尋ねれば、彼は「そんな気持ちでテニス部に関わられたら迷惑だ」とはっきり言ったのだった。温和な彼がそう冷たい態度をとるときは、本気で怒っているときだと私は知っていた。だからこそ、自分の気持ちを優先させてしまった自身を悔いた。きっと周助は、大好きなテニスを侮辱されて怒ったのだと、申し訳なくなったのだ。

    「……ごめんなさい」

     心から思って、そう静かに謝った。周助はそれ以上何も言ってくれなくて、ただ、どうしても私をテニス部に近づけたくないみたいだった。
     テニス部には格好良い先輩がいるって、有名だった。同じクラスにも何人かテニス部に入った子はいたし、放課後グラウンドを通ればフェンス越しに応援している女の子たちがイヤでも目に入る。そんな彼女達と一緒にされたくなくて、周助の邪魔にはなりたくなくて、私は一度も彼の練習風景を見たことは無かった。私はただ周助の姿を見ていたいんじゃない。周助のために、何か手伝えることがないかと思っただけなのに。
     帰宅部はダメ。せっかくの青春なんだから、時間を有意義に使いなさいと。青春学園卒業生のお母さんがそう力説していたから、私は何か部活に入らなければいけなかった。けれど、どうしてもこれといって興味のあるものはなく、迷っていた。

    「無いなら作ったら? 部員、四人以上で申請できるって先生が言っていたよ」

     部活には入らないと言っていた友人がそう言って申請書を手にやってきた。普段は引っ込み思案で人見知りだが、変なところで行動力のある彼女に、私はいつも驚かされる。

    「ちゃんが部長なら、私、入るよ」

     気心の知れた友人なら、という考えらしい。確かに私と彼女の仲なら、多少の融通を利かせてあげられる。それに、規定の人数に達するのに、まずは一人でも多くの部員を集めなくてはいけないのだ。言いだしっぺの彼女には、最初だけでもいてもらわねば困る。

    「家庭科部とか、どう?」
    「家庭科部?」
    「うん。ちゃん、おうちのお手伝いとかしてて、そういうの得意だよね? お裁縫とか、お料理とか……」

     確かに、この学校には結構立派な家庭科室があった気がするが、そういった部活は無かったような。
     目を輝かせている友人に、私も次第に乗り気になって、彼女が職員室で貰ってきた紙にペンを走らせる。二名の名前を書き終えたところで、部活名を考える。

    「幅広く取り扱ったら、方向性が定まらなさそう。ひとつにしようよ」
    「じゃあ、お料理! 私も覚えたいし、それなら他にも部員入りそうじゃない?」
    「調理部……っと。作ったものを一般生徒に振舞ったりしたら、良いPRにもなりそうね」
    「わあ、楽しそう」

     そうなってくると考えるのが楽しくて、いろいろな想像が膨らんでいく。あと最低で二人、部員が必要だ。何となく心当たりがあって、当たってみようと言えば友人は小さく「ごめん、私そういうのは……」と呟いた。彼女が勧誘とかそういったことが苦手なのはよくわかっているから、そこは私に任せておいてとだけ伝える。友達づくりは割と得意だったりするから。



    「一年生部長なんだって? ちゃん」
    「そうなの。由美子さんやおばさんの作るものに比べたら全然だけど……がんばるから!」

     周助から聞いたのか、私のお母さんが喋ったのかは定かではないが、由美子さんに聞かれて答える。不二ママの作るアップルパイは絶品だし、ケイジャン料理とかいうのは、私には辛くてちょっと食べるのが大変だけれど、どれも周助の好物なのだ。だから私は、腕を磨いて、周助に喜んでもらえるような料理が作れたらと思ってもいた。淡い期待を抱いていたのだ。しかし、調理部が軌道に乗ってくればくるほど、二人の距離が開いていくなんて、そのときは思ってもいなかった。
     ただ単純な私は、周助と仲良くなりたい。たったそれだけの思いだったのだ。

    to be continued...





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