まるで優れた超能力者や占い師のように何でも言い当てられてしまう一方で、私には、彼の言葉の奥に秘められた本音を見抜くことなど出来ないのではないだろうか。可能性はかなり低いと思う。そもそも、秀才の考えていることは凡人にはわからないものだ。故に、妖怪の考えが人間にわかるはずもないのだ。
「俺が貴女を愛していないなんて、どうして貴女が言い切れるんですか」
「だって、何千年も生きたような妖怪が、今更人間に恋をするなんておかしな話でしょう」
「今の俺は人間ですよ」
私の目の前にいるのは、南野秀一と言う名前の人間だ。そして同時に、蔵馬という名の妖狐でもある。魔界と人間界、両方の記憶を持つこの男は、一体どちらが本当なのだろうと思う。
「」
彼は私のことを愛していると言う。その甘い声で名前を呼ばれると、身体が痺れるような感覚に陥る。
「そんなに俺のことが信じられませんか?」
「そういう訳じゃ、ないけど」
ただ、自分自身が怖い。この人に愛されているのはわかるけれど、だからこそ、愛され過ぎていて怖いのだ。
「貴方の考えていることが、私には解らないわ」
私がそう言うと、蔵馬はいつもと同じ困ったような笑みを浮かべて私を抱き締める。
「ちょっと……苦しい」
「俺の考えなんか解らなくていいよ。きっと、知らない方がいいから」
「それ、どういう意味?」
痛いくらいにきつく締められている身体を捩りながらたずねると、蔵馬は笑みを深めて誤魔化した。
「俺、貴女に知られたくない隠し事とか有りすぎるから困るんだ」
「でも、貴方ばかりが私のことを解っているようで、悔しいのよ」
蔵馬はいつだってそう。なんでも見透かしたようで、それでいて相手には何も悟らせないで。こんなにも不公平なことはないでしょう。
「俺が貴女を愛しているのは本当ですよ。そうじゃなきゃ、幽助に協力を頼んでまで口説き落としたりしません」
そうだ。蔵馬、もとい南野秀一と出会ったのは浦飯幽助の経営するラーメン屋台に客として訪れた時だった。
昔からそこそこ霊感が強かったせいで霊障などの悩みが尽きなかったが、風のうわさで霊界探偵のことを聞き相談にやってきたのが始まりだった。通ううちに、まあラーメンも美味しいので、気が付けば常連になっていたのだけれど。
「貴女がどういう風に思っているのかわからないけど、転生した今の俺は、妖狐より人間としての想いの方が強いんですよ。人並みに恋だってします」
「そういうもの、なの?」
「そうです。大げさに考えすぎなんですよ」
ふふっと優しい微笑みを浮かべながら、私の髪を撫でつける指先が、まるで幼子を宥めているかのように感じて憮然とする。
「でもやっぱりイヤよ。私、負けっぱなしみたいで」
「あのねぇ……じゃあ、どうしたらわかってくれるんですか?」
呆れたような溜息のあとで、それでも諦めない蔵馬に、本当はもうわかっていた。それでも、この人の困った顔が見たい。もっと困らせたい。私のことで、悩んでほしい。子ども染みた独占欲に突き動かされて、私は蔵馬の耳元で嘯いた。
「証が欲しいの。私が貴方の、貴方が私のものである証よ。誰も持っていない、私だけの、トクベツな」
わかるでしょう? 子どもじゃないんだから。
私の囁きに、蔵馬は一度目を見開いて、豆鉄砲食らったような顔をした。
「ねぇ、秀一」
「ああ、いいですねそれ。母さん以外にその名で呼ばれることなんて、ないから」
とっても、興奮する。
そう呟くと同時に交わされた深い口づけを合図に、二人は抱き合ったまま闇に沈んだ。