Story

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    ※ テニプリ夢企画「アルストロメリア」様に提出させて頂いた作品です。


     先輩、と呼ばれていた頃を懐かしく思う。

     彼は全然可愛気のない後輩で、よく私の失敗をからかったり馬鹿にしていた。第一印象は最悪で、廊下ですれ違う度に引きつった顔をする私を彼はどう思っただろう。先輩、不細工っすね。よくそんなことを言われたけれど、あんたも不細工だとは言えなかった。テニスの天才で、それなりに整った顔立ちをしていて。確かに私とは違っていたのだ、財前光は。

    「何考えとるんですか、さん」
    「……光」

     今でこそこうして隣に当たり前のように居る光を見ると、本当に人間っていうのは不思議なものだなとしみじみ思う。あんなにも嫌っていた人と、恋人関係になんてなれるのだから。

     中学高校と一緒の学校で、東京の大学を受験した私に光は言った。何で何も言わんのですか、と。私が高三で光が高二、中学ほど嫌ってはいなかったけれどまだ私の中での財前光はただのクソ生意気な後輩でしかなくて、そんなこと言われてもあんたに報告する義理なんか無いでしょって突き放した。当たり前のことを言ったのに、光はものすごいショックを受けて、初めて私の前で泣きそうな顔をした。後に旧友の白石にそのことを電話で話したら、「財前はお前のことを追いかけて高校受験したんやで」と言われて驚いた。一体いつから、光は私をそういう対象として見ていたのだろう。きっと私が気づいていなかっただけで、出会った頃からだったのかも知れない。そういえば光は、口は悪いけれど、私を馬鹿にすることもあったけれど、それ以上に助けてくれることの方が圧倒的に多かった。それに気づいた時から、私は光が可愛く思えて仕方がなかった。あれだけ憎たらしかったのに、翌日に顔を合わせた瞬間に自分から告白してしまうくらいには。

    「光と付き合う前のこと、思い出してた」
    「もうええ加減忘れてや。それ俺の人生で一番の黒歴史や」
    「まだ人生を語れるほど生きてへんやろ」

     相変わらず生意気で、思わず笑ってしまう。光は少しだけムッと眉をひそめたけど、私が笑うのを見て、彼の頬も自然とゆるんだ。

    「忘れない。絶対、一生忘れられへん」

     今私達がこうしていられるのは、あの日々があったからで、あの日々があってもあの出来事がなければ私達の心は今でもすれ違ったままかも知れなかったのだ。だから私はきっとずっと、あの頃のことを忘れたりはしない。光が嫌いだった中学時代に生意気な後輩だった高校時代、心が通じ合ってすぐに遠距離恋愛で寂しかった大学時代。思えば私の人生の半分近くは財前光の存在があって、彼とともに生きてきた。きっとこれからも、そう在るに違いない。光がそれを望んでくれるなら。

    「光はいつになったら私のこと忘れるん?」
    「……喧嘩売ってるなら買いましょか?」

     あの時のことを忘れてと光が言うので私も負けじと尋ねてみると、光は割と本気で拗ねていた。怒ってはいない。こういうところが可愛くて、光が好きだと思える。

    「忘れるわけ無いやろ……さんが俺の最初で最後の相手なんですから」

     照れた横顔が赤く染まる。趣味では続けているが昔ほどテニスをしなくなって真っ白な肌をしている光は、赤くなるとよく目立つ。
     私も光と同じ気持ちだ。初恋の相手は光ではないけれど、私にはきっと後にも先にも光だけ。

    「光」
    「……何すか」

     好きと言葉にするのは簡単で、けれど学生時代から何度も重ねてきたそれは無意味なほど薄っぺらく思えて、私は口にするのを躊躇ってしまう。

    「さん?」
    「……」

     言葉を噤んだ私の顔を、光が覗き込む。これ以上ないくらいに幸せを感じる反面、私はいつ不幸になってもおかしくないと心の底で思っていて、それを今か今かと恐れている。この幸せの代償がいつか来るのなら、きっと早い方がいい。光が夢から覚めた時、私の傷が少しでも浅くすむように。

    「光、好き」
    「俺は愛してますよ」

     悩んだ末に、やっぱり薄っぺらな言葉しか言えなかった私に被さるように光が口を開く。こんな甘い言葉も、普段言わない光だからこそ胸に響くものがある。存在が胡散臭い白石に言われたってこれっぽっちも信用出来ない。

    「ずっと傍に居ってな。私、もう光なしじゃ生きられへんもん」

     光が私を変えた。何もかも全部光のせい。だから、責任とって。
     年上であるのをいいことに理不尽な言葉を並べた私に、普段は人の揚げ足とって喜んでばかりの光は嬉しそうに頷いた。

    「当たり前や。頼まれても絶対離さへん」

     そう言った光が私の体を強く抱きしめて、もう一度耳元で「離さない」と囁かれた。鼓膜から、心も頭も揺さぶられる。身体中にびりびりと微弱な電気が流れるように痛くて、それを逃がすように光の背中に腕を回して彼のシャツを掴んだ。
     私もきっと、これから先、一生に渡り、光を離してはあげられないだろう。もうすでに手遅れなほど、私達は互いに溺れているのだから。

    End.





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