Story

    Hug and money day




    ※ オールジャンル夢企画「夢めくり」様に提出させて頂いた作品です。


     もしも生まれた場所が日本じゃなかったら、もっと堂々とイチャイチャできたのになーとか。そんな風に無意味な嘆きを発している恋人に溜息を吐きながら、は手元の本に視線を落とした。

    「何言ってるのよ、ブン太。馬鹿じゃないの」
    「だあってよ。ここんとこ、全然相手にしてくんねーじゃん」
    「……そんなこと言われても」

     中学から付き合って、高校生になったからといっても、やはり周りの目は気にしてしまうものだ。傍目を気にせずにラブラブな雰囲気を見せ付けているカップルはよく見かけるが、自分がそうなりたいとは微塵も思わない。きっと、彼氏である丸井ブン太はそんなラブラブカップルにあてられて、余計に感じるのだろう。自分達もという風に。
     ブン太は唇を尖らせて、つまんないと全面的にアピールしていた。それでもは振り向いてはくれず、彼女の背中に向けて声をかけ続けた。

    「あと十日でクリスマスだな」
    「そうね」
    「なあ。後で、外行かねぇ? イルミネーションでも見にさ」
    「それはイブの予定でしょ。今は本、読んでるし」

     嫌われているわけではない。否、自分がそう思いたいだけかもしれない。理由なんて忘れてしまうくらい好きで好きで付き合っているのに、この思いが一方通行のようにさえ思えて泣きそうになる。それでも、もうすぐ恋人になって二回目のクリスマスがやってくる。ブン太はどうしても、彼女と甘い空気を味わいたかった。

    「あの赤也でさえ、年上のカノジョと良い感じなのにさあ……」
    「切原君はほら、甘え上手っぽいじゃない? 尽くしてあげたいとか思う人、多そう」
    「も……そうだったりするのか?」

     不安そうに尋ねてくるブン太に、は小さく噴出した。

    「まさか。可愛いとは思うけど、別に尽くしたいとは思わないかな」
    「うーん……なんか、負けた気分だぜ」

     この場に居もしない後輩に対して小さな嫉妬心を呟いたブン太が、少しの間のあとで「そうだ」と何か思い出したように顔を上げた。それにつられてもブン太の方に視線を移す。

    「幸村くんから前に聞いたんだけど、韓国って毎月恋人に関する記念日があるんだってさ」
    「へぇ。幸村くん、そういう変なことやたら詳しいよね」
    「うん、まあな。……確か、それが十四日だったと思うんだけど」

     バレンタインデーやホワイトデーも含まれていたから、とブン太は自身で確認するかのように呟いた。それから携帯電話のインターネットでキーワード検索にかけて、小さく「あった」と喜びの声をあげた。

    「今日は、ハグデーとマネーデー」
    「何それ」

     嫌な予感しかしない。尋ねてしまってから、まずかったかと後悔しただったが、ブン太は嬉しそうにそれに答えるのだった。

    「恋人達が抱き合って、寒さをしのぐ日」
    「マネーデーは?」
    「……彼女のために、金を使う日だって」

     ふうん。
     興味無さそうにが生返事をして本に視線を落とすと、ブン太は彼女の小さな背中に体重を預けた。肩に顎を乗せて、静かに腹部に手を回す。後ろから抱きしめられる形になったは、動揺を顔に出すことは無く、静かに「何」と問いかけを口にした。

    「なあ、やっぱり後で外、行こうぜ」
    「……」
    「クリスマスにはまだ早いけど、一緒に何か食べよう」

     金欠だけど、何とかするから。そう言い、を抱きしめたまま手繰り寄せた鞄をまさぐって取り出した財布の中身を確認する。まあ何とかいけそうだ。そう呟いたブン太の言葉に、はまだ行くとは言っていないのだけどと呆れと諦めが混じったトーンで呟きながら、読みかけの本にしおりを挟んだ。

    「新しい本も買ってくれるなら、行く」
    「! 買う買う! そうと決まれば、早く行こうぜ!」

     とのデートの約束が余程嬉しかったのか、ブン太は突然立ち上がり、彼女の腕を引いて強引に立たせた。そんなブン太には「後でって言ったじゃない」と抗議するが、有頂天となった彼の耳には届く事は無かった。

    「……ふぅ」

     まあいいや。たまには、ブン太の要望にも応えてあげよう。嬉しそうな恋人の姿にそう思うことにしたは、彼に背を向けた。

    「準備するから、待ってて」
    「おう」

     ラブラブなカップルになんて憧れたりしない。けれど、彼氏であるブン太がそれに憧れるのなら、少しくらいは付き合ってあげても良いのかも知れないと、は思った。
     外に出ると、煌びやかな街の電飾が眩しかった。歩きながら、財布を握り締めたブン太が恨めしそうに呟く。

    「くっそー、給料日が二十五日だから、イブまで本気で金がねーぜ……」
    「ブン太さ、こういうときに『ジャッカルが』って言わなくなったよね」
    「だぁってよー、ジャッカルとは高校、離れちまったし」
    「なんで高等部に行かなかったの。エスカレーター式の学校で、わざわざ外の高校に編入なんて変わってる」
    「がそれを言うのかよ……」

     友人の殆どは、立海大付属高等学校へと進んだ。の言うとおり、中等部から大学部までのエスカレーター式なのだからそれが当然であった。しかし、当時から付き合っていた彼女より家の都合で立海には通えないと告げられて、ブン太は彼なりにとてもたくさん悩んだのだ。その結果、彼女を一人にはしておけなくて――否、自分がとは離れたくないと、外部受験の道を選んだ。勿論両親からは猛反対され、友人達にも引き止められた上、本人からも無理はしないでとまで言われたブン太は、それでも自分の意志で、彼女と進む道を選択したのだから、彼はこの上なく満足しているのだ。これまでダブルスを組んできた親友の桑原ジャッカルと離れようが、最強と謳われた仲間達とテニスができなくなろうが、ブン太にとってはといることのほうが何よりも大切だったのだから。
     しかし、彼女の態度はいつまでも変わらぬまま。少しだけ、寂しく思う時もある。それは、もしかして愛想を尽かされているのでは……? なんて風に思ったりもしてしまう。

    「……は、俺が同じ学校に通う事になって、イヤだった?」
    「……そう思う?」

     不安そうに、いつもブン太は自分の顔色を伺っている、とは思っていた。彼が自分をとても好いてくれているのはわかっているのだが、彼の目には何かフィルターがかかっていて、その魔法のようなものが切れてしまったとき、丸井ブン太という人間が自我を取り戻したときに、己の選択を悔いる日がやってくるのではと、は不安で仕方なかった。だからこそ、後一歩が踏み出せなくて、彼の望みを叶えてあげられなかった。
     彼も彼女も、結局のところは恋愛に臆病なのだ。

    「ほら、。見てみろぃ」
    「ん……」

     大通りまでやってくると、ブン太がに顔を上げるよう促した。二人の視線の先には、大きなイルミネーション。イブに二人で過ごす約束をしていたのだが、どうして今なのだろう。もしかして、愛想を尽かされたのは自分のほうで、これから別れを切り出されるのではないかと、途端にの瞳は不安に揺らいだ。しかしブン太は、幸せそうな笑顔でを振り返り、「クリスマス先取り!」なんて少し興奮した声で言った。相変わらず子どものように純粋で、誰よりも彼がいとおしく思う。
     さて、これからどうしようか。まだ食事時には早い時間であったので、約束どおりに本屋巡りでもしようかとブン太が悩んでいると、先に行動に移したのはだった。

    「やっぱり、本はいい」
    「え?」
    「お金、ないんでしょ」
    「……や、でも、なんとかするし」
    「いいの、いらない」

     そうでもしないと、デートなんてしてくれないんじゃないか。ずっとそう思っていたから、ブン太はデート代を稼ぐ為にアルバイトを始めたし、少しだけお菓子を控えるようにもなった。だからこそ、の言葉に酷くうろたえてしまう。まさかこのまま帰るなんて言い出すんじゃないかという考えが浮かんだブン太だったが、隣のが自然な流れでブン太の手をとり、歩き出す。

    「それよりも行きたい場所、できたの」

     そう言って笑うが、最近見た中で一番キレイで輝いていて、つい見惚れてしまう。行きたい場所って、どこ? たずねたブン太に返ってきた答えは、全く予想していないものだった。

    「テニス場」

     ブン太が輝くのは、やっぱりテニスをしている姿だと、は改めて思う。自分と一緒に居るせいで無理をさせているのではと思っていたし、実際にそうだった。ブン太はそんなこと決して言わないだろうが、自分と一緒に居て幸せといってくれるが、それ以上にが好きなのは、テニスをしているブン太であったのだと、思い出したのだ。

    「格好良いところ見せてよ。ね、ブンちゃん」
    「……っ!」

     久しく聞くことのなかった、中学時代の呼び方に、ブン太の体温は急上昇した。

    「……よっし! んじゃ、俺の天才的妙技、たっぷり披露してやるぜぃ!!」

     テンションも高まった彼は、の手を握りなおし、近場のテニスコートへと足を向けた。



     真冬の寒空の下、痛いほどに冷え切った体温とは裏腹に、繋いだ手はとても温かだ。
     恋人達の聖夜まではまだまだ遠いけれど、私たちは私たちのペースで歩いてゆけばいいのだと、そう思う。
     ちょうど近くのテニス場に遊びに来ていた中学時代のテニス仲間である切原くんや桑原くんと会えた彼はとても嬉しそうで、少し私は忘れられてしまったような疎外感を味わっていたのだけれど、それも良いかもと思えた。

    End.





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