Story

    とびっきりをあげよう




    ※ オールジャンル夢企画「かわいくなりたい!」様に提出させて頂いた作品です。


    「好きってゆうて」

     って、そんなん簡単に言われへんわ。何考えとんの。アホちゃうか。

     昼飯を一緒に食べようと誘われてやって来た中庭で、そんな風に迫られた私に立て続けに罵声を浴びせられた彼氏様は、そこまでゆわんでも、とがっくり膝をついて項垂れた。
     白石は格好いい。それは私が一番よく知ってる。だからこそ、彼からの告白には当然耳を疑ったし、これ以上ないくらい嬉しかった。でも私は、素直じゃない。それもまた自分が一番よく解っているのだけど、こればかりは直しようがないのである。
     毎日注がれる熱視線に周りは呆れ返って、それに居た堪れなくなった私が逃げるようにトイレへ向う休み時間。昼休みも、テニス部のミーティング以外は私と食べようとしてくれる白石の誘いを断って、友達のところに居座っている。その友人達は馬に蹴られたくはないからと私を白石へ押しやろうとするものだから、止めてくれと切実に頭を下げるのも毎度の事。
     私は白石が、嫌いなわけでは決してない。ただ、好きだからこそ、どう接して良いかわからないのだ。

    「恥ずかしいわ」
    「恥ずかしいことなんて何もないやん。付き合うてんのやから」

     それは、そうだけど。でも、口には出せない。中学生なんてそんなものだろう。白石のように好き好きオーラを出しまくっている奴の方が稀有に思えるくらいだ。

    「白石かて付き合うてるんやから、察してや。……忍足は絶対言わんタイプや思うで」
    「何でそこで謙也が出てくるんや。関係ないやろ」
    「仲ええやん。あー、なんや。妬けちゃうわぁ」

     わざとらしく手で顔を扇ぎながら大袈裟に言えば、白石はじっとりとした視線を送って「絶対に思てへん」と言った。その通りだ。
     とにかく、と前置きをして、白石に向き直る。

    「言葉が欲しいだけなら小春ちゃんに言うてや。うちはそんな言われへんよ」

     きっぱりと告げれば、白石はそれじゃ意味無いと返したが、それでも私は言葉にするのはどうしようもなく恥ずかしかった。好きだけど、本当は誰よりも好きなんだけど、口にするのは恥ずかしい。私なんかがって、思ってしまうのだ。

    「……もう少し、不細工やったらええのんに」
    「は?」
    「白石が格好良すぎるのが悪いんや。私やない」

     言いたくない言葉はつらつらと口をついて出てくるのに、本当に伝えたい言葉だけは喉の奥にへばりついて声にならないまま。白石は少しだけ残念そうな顔をして、「困らせてすまんかったな」と謝った。それから自分のクラスへと戻っていく。
     クラスが違うから、普段白石がどんな生活を送っているのか私は知らない。授業態度はどんなか、クラスの子とはどんな話をしているのか。どんな些細なことでもいいから知りたいと思うのに、ただ「今日何した?」なんて聞けばいいのに、天邪鬼って本当にイヤだ。

    「はぁ」
    「どしたん、」

     白石と別れて教室に戻ってから、机に突っ伏して溜息を吐いていた私の元にクラスの友人がやってきた。自習でプリントがでているのにも拘らず、それを真面目に取り組むのはたった数人しかいない。せめて座っていろとも思うが、教室中が一氏&金色のお笑い舞台となりつつある。普段なら面白いのだろうが、今日は全く笑えないほど、私の心は暗かった。
     面白半分で尋ねてくる友人に、小さく言葉を返す。

    「自己嫌悪中や。ほっといてーな」
    「そらええけど、教室が辛気臭なるから他でやってや」
    「あんたは友人としての気遣いとかないんか」
    「学年イチのイケメンと付き合うてるやつに気遣う必要あらへんわ。むしろカレカノいない負け組みをあんたが気遣うべきや」
    「……そら、ご愁傷さま」
    「そこであたしを見んといてや」

     うちは彼氏が出来ないんやない、作らんのや。憤慨しながらそう言った友人にはいはいそーですかと返しながら窓の外に視線をやる。二組が、体育の授業でグラウンドを走り回っていた。食後の体育はきっついなあ、なんて運動の得意ではない二組の友人に同情しながらも視線は白石ばかりを追いかけた。

    「付き合う前は、手が届かないとか思っとったんやけどな……いざ届いたら、今度はもっとって、欲が出てくる」

     自分がこんなに欲深い人間だったなんて知らなかった。
     そんな私に友人は、

    「そんなん当たり前や。人間なんやから」

     それだけ言って、自分の席に戻っていった。かといって、プリントに目を通すわけはなく、一氏たちのお笑いを見て他の連中と一緒に拍手を送っていた。





    「はよ、」
    「……なんや一氏が挨拶してくるなんて珍しいな。ついに小春ちゃんにふられたか」
    「ちゃうわ。これ、白石に返して欲しいねん」

     朝。昨日の私と白石の会話なんか知らない一氏は、さも当然のように白石から借りたらしいCDを差し出してきた。同じテニス部なのだから自分で返せばと言えば、「部活に集中してもうて、もう三日は鞄の中や」とのこと。部活以外では私と一緒のことのほうが多いから、私に渡したほうが確実性があると一氏は踏んだようだ。
     仕方なしに受け取って、私は白石のいる二組の教室へと向かう。二組に顔を出せば、白石の姿よりも先に目に入ったのは、放送委員でいつも素晴らしい滑舌を披露してくれることで有名な忍足謙也君だった。

    「どないした? 」
    「あんな、忍足君。白石おる?」
    「……あー、白石は……」

     歯切れの悪い忍足君がちらりと視線を送った先を見る。そこには、クラスの女子と楽しげに会話する白石の姿があった。その女子とは私と親しい友人で、二人とも信用はしているけれど、何だかとても、イヤだった。
    「これ、一氏から。白石に返しといて」忍足君に半ば強引にCDを押し付けて、私は踵を返した。
     わかっているつもりだ。少女マンガなんかでもよくある王道な展開だし、浮気とかそんなんじゃないって。けれど、やっぱり自分が経験してみるとその気持ちがよくわかる。嫌なものは嫌なんだ。

    「嫌な女や。ほんま、どないしよー」
    「何が?」

     とぼとぼと廊下を歩いて、自分のクラスへと戻る途中。小さく呟いて頭を抱えれば、背後から問いかけられてびくりと肩が震えた。

    「何って……って、何でおんねん」
    「謙也からCDもろて。話かけてくれたらええのに冷たいで」
    「邪魔や思てんけど、わざわざ追っかけてきてくれるとは思わなかったわ」
    「そら追うやろ。自分、誤解してんとちゃう?」

     誤解。その言葉を聞いて、私はつい噴出してしまった。

    「思てへん。思てへんよ、そんなこと。……うん、全然ちゃうねん」

     誤解はしていない。だって信用しているし、友達だし。でも、じゃあ何で、なんて言う白石には少しばかり腹が立った。

    「やって嫌やねんもん。誤解とか、はじめからしてへんよ。けどな、やっぱり嫌なもんは嫌や。あんたの周りの子たちも、全然解ってへんあんたにも腹立つわ!」
    「……?」
    「友達とか、他人とか関係ない。ホンマは男女も関係ないくらいめっちゃ嫌やねん。私はクラスも違うから一緒に居れんのに。二組の皆に嫉妬しとるわ……けど、そんなわけにいかんのもわかっとる。せやからせめて……私以外の女子に、優しくせんといてや」

     久しぶりにこんなにたくさん喋った気がする。マシンガントークで喉がカラカラに渇いて、酸素を吸い込んだ瞬間に勢い余った風が別のところに送り込まれて盛大に咽こんだ。そんな私の背中を、申し訳なさそうな白石の、私より少しだけ大きな手が摩った。
     ちょっと場所変えよ。私の呼吸が落ち着いたことを確認した白石がそう言って、校舎の非常階段へと手を引かれるままに歩いていく。足を動かしながら、手を引かれながら、私は小さくこの世の終わりみたいに呟いた。

    「あー、もう、終わりや。どないしよ」
    「何が?」

     先ほどと同じようなやり取りを繰り返す。何が? とやっぱり解っていないような問いかけをする白石に、私は「だから、」と少し語彙を荒くしてまくしたてる。

    「こんな嫉妬深い女はあかんやろ? 何言うてんのコイツとか思うやろ。これ以上一緒に居ったら、もっと執拗に束縛してしまうかも知れん。そんなん考える自分が怖いわ」
    「怖いて……俺は別にそない思わんけど」
    「嘘や。絶対重いで。こんなん、すぐ捨てられるに決まってるわ」
    「思わんて」

     白石が優しく笑って、振り向いた。人気のない場所へとやって来た途端、全身の力が抜けた私はずるずるとその場にへたり込む。

    「恥ずいわ……ダサい、かっこわるい。もー、こないなこと言うつもりなかったのに……全部白石のせいや」
    「ホンマ堪忍やで」
    「あんだけ好き言うの恥ずかしいとか言うておいて、それ以上に恥ずかしいこと言うてるわ」
    「なら、もう恥ずかしくないやんな?」
    「……それとこれとは別もんや」

     やっぱり簡単に好きとか面と向かっては言えない。けれど、白石はそれ以上迫ることなく溜息をひとつ吐いてからまあええわと言って笑った。

    「サプライズで可愛えが見れたから良しとするわ」
    「何よ、それ……」
    「どんなでも俺は好きやゆうことや」

     イケメンに面と向かってそんなこと言われたら、ときめきで死んでしまいそうだ。口が避けても本人には言えないけれど。

    「ま、クラスの連中と喋るなっちゅーのは難しいけど、俺が優しくするのはだけやから、心配せんでもええで」

     胸がきゅうっとなって、体中の血液が沸騰するみたいに頭のてっぺんからつま先まで、ぐわっと熱くなった。私がこの人の隣でいいのか、まだ全然わからないけど、それでも。私がこんなことを言えるのも、彼だけなのだ。

    「ほな、教室戻ろか。友達心配しとったで」

     白石が背を向けて歩いていこうとするから、私は彼の背中に手を伸ばした。ワイシャツをぐっと掴んで、引き寄せる。

    「!」

     驚いた白石が振り返ろうとするよりも先に私は、彼の耳元に唇を寄せて、小さく口にする。

    「好き」

     恥ずかしくて死んでしまいそうになるけど、私も少しは大好きな彼に答えてあげなくてはと思って。
     でもやっぱりそれを声に出した瞬間、思っていたよりもずっと照れくさくて、白石の顔も見ずに私は走り出した。こんなとき、クラスが違って良かったなんて、何と都合の良い頭なんだろう。

    End.





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