「また、かよ」
陣取ったファミレスの一席で、元彼について延々語られ続けた俺は、ついに呆れて口を開いた。深く吐いた溜息に、中学からそこそこ付き合いの長い"親友"は一度だけ肩をびくりと震わせる。親しい友人とは言ったって男と女、ずっと同じ関係でいられるなんて思ったら大間違いだ。少なくとも俺は、目の前のコイツをただの友人だなんて思ったことは一度だってない。
「で、でも赤也、今度の人は本当に素敵な人で……!」
目尻に涙を浮かべてそう力説したところで、説得力の欠片もない。だって、所詮浮気するような男だろ? そんな野郎に素敵も何もあったもんじゃないってどうしてわからないんだよ。
「大体そんなに素敵な彼氏ならそもそも浮気なんかしねーよ。……いや、素敵だからこそ、か? お前に愛想が尽きたんじゃねーの」
「うぅ……ひどい」
「いい加減にしろよな。別れる度に付き合わされるこっちの身にもなってくれ」
俺は氷の溶けかかった、グラスに残っているコーラを飲むためにストローに口をつけた。相手側にはホットのコーヒーがソーサーに乗って置かれていたが、それは運ばれてきた状態のまま手がつけられることもなく、ミルクもガムシロップもそのまま。違うのは、湯気が出ていないことくらいだった。
「今年に入って何人目だっけ? 三人目?」
「……実は、五人目」
「すっげぇな、ある意味才能じゃね?」
六月の半ばで五人目。今年とはいっても一月からの数えではなく、進級してからの話である。二ヵ月半で五人の男と付き合って別れるなんて、ある意味すごいとしか言いようがない。
「、マジで男運ねーよな」
「……わかってるんだけど、でも」
好きになる想いは止められない。そう話すに、俺はそれ以上は何も言わなかった。否、言える筈がなかった。その気持ちは俺も痛いほどわかっているから。
二人の間に、沈黙が流れる。
欲しいものは、いつだって力ずくだった。
家系でも末っ子という立場から散々甘やかされてきたし、中学も高校も、部の先輩たちは厳しくはあるが何だかんだ可愛がってくれていたと思う。だからこそ、思い通りにならない現状にはよく訳のわからない苛立ちなんかを抱いてしまうのだろうと思う。どうして、どうして、どうして。
それでもただのクラスメイトから女友達、そして親友という関係を築き上げてこの立ち位置で満足していたのは、否、無理やり納得しようとしていたのはのためと言い聞かせつつ実は自分自身関係を壊すのが怖かったからだ。ずっとずっと見ていた。それでも気づかれることなく、結局俺は"良き友人"止まり。恋愛相談も惚気も別れ話もたくさん聞いた。嫌気が差すほどに。そうして、もう前にも後ろにも進めなくなって、深くて底の見えない泥沼に落ちてゆくんだ。
やや暫くの沈黙を破ったのは、の方だった。
「赤也にはわからないよ、私の気持ちなんて」
ぷつりと、糸が切れる音が鼓膜の奥に響くような気がした。
俺の気持ちも知らずに、目の前の女は軽々しく言い放つ。どうして俺が、わからないなんて思うんだ。どうして自分と同じ気持ちなんだって、気づかないんだ。こんなにも苦しくて、悔しい気持ちでいっぱいなのに。
「……なら、解らせてくれよ。なあ?」
ガタン、椅子を弾いて立ち上がる。ちょうど込み合ってくる時間帯で、険悪な雰囲気の俺たちに気づく客はいない。
立海高等部のシンプルな制服のネクタイを力任せに引き寄せれば、の身体が引力につられて俺との距離が近づく。顔を近づけて、腹の奥に溜まった本音を吐き出してやった。
「わかってないのはお前の方だろうが。いつもいつも、馬鹿みたいに一目惚れしただの浮気されただの、俺の気持ちなんかちっとも知らねぇでよ……!」
「……赤也、何言って――」
細い声でが呟く。搾り出すような、かすれた声だった。
久しぶりにこんなに苛立つ自分に驚きつつ、俺はもう、そんな自分を抑えることはできなかった。
「教えてやるよ、思い通りになる方法」
「……っ!?」
豹変した俺の態度に呆然としてされるがままになっているの唇に噛み付くようなキスをした。近くの席の客が数組、俺たちに気づいたけれど、そんなのは小さな問題に過ぎない。
時間でみれば長くはないが、永遠にも感じられるほど濃密な時間だった気がした。解放してやると、はとりあえず新鮮な空気を求めて大きく肩で息をした。
「こうやって、力ずくで奪ってやればいい……」
「あかや……?」
ネクタイを握る手を緩めず、吐き捨てるように言ってやった。
は自分の身に起こった出来事を受け入れることが出来ない様子で、目を丸くして俺を見る。俺も、もう後戻りは出来なかった。戻ってやるつもりも、ない。
「簡単だろ?」
身体を手に入れるなら、それだけでいい。心なんていらない。なんて、嘘だけど。
力任せに掴んでくしゃくしゃになったネクタイをもう一度引っ張る。今度は軽く。だけど思いのほか、の身体はふわりと軽く俺の方へ傾いた。
目の前の女が小さく息を呑む。その詰まるような空気音が、ガヤガヤと賑わうファミレスの中に溶けて消えた。