Story

    五界の輪廻





     リィンバウムを取り巻く四つの世界、サプレス、ロレイラル、シルターン、メイトルパ。それらの世界で生まれたものは、死後、転生の輪をくぐって別の世界、別の存在に生まれ変わるのだと言う。だとすれば、そのどこにも属さない自分は一体どうなってしまうのだろう。

    「……考えたこともなかった」
    「それはキミがこの世界で生まれているからよ」

     私の考え事の内容が知りたいというのでかいつまんで要点を話したら、アルバは目を瞬いてぽつりと言った。召喚師でもない一介の剣士である彼にとってそれは、持ち得ない知識であるのだ。仲間の召喚師から話に聞いてはいても、日常生活の中で自ら考えることなどないだろう。彼にとっては他人事なのだから。

    「それはちょっと酷いなあ」
    「だって、本当のことでしょう?」
    「否定は、出来ないけどさ」

     アルバのばつが悪そうな顔を横目に、公園のベンチから投げ出した足をぶらぶらと揺らす。行儀が悪いと小言を言うリプレママやレイドは今はいない。

    「行儀悪いよ」
    「アルバはリプレママのクローンなの?」
    「くろ……? よくわからないけど」

     まさかの隣からの注意に頬を膨らませる。アルバやこの世界の人に横文字は通じない。何故か共通の言葉もあるようだけれど、大体はアヤお姉ちゃんにしか理解されない。一年前にこちらの世界に喚ばれてやってきた私は、最近ようやくリィンバウムとそれをとりまく世界の仕組みを学んだ。このフラットという孤児院に住むアルバの幼なじみであるラミちゃんの召喚師としての才能の覚醒――それが引き起こした魔力の暴発だったらしい。ラミちゃんは私と話す度に申し訳なさそうな顔をするし皆からも同情されるのだけれど、来年高校生になる予定だった私としては、受験も勉強もしなくていいし怪獣みたいなママから解放されて感謝すら覚えるレベルだ。そのことをアヤお姉ちゃんに吐露したら苦笑していた。気持ちはわかるわ、と。

    「とにかくさ、この世界のひとじゃないアヤお姉ちゃんや私の魂は、死んだらどこへ行くのかなって」
    「……今から死ぬ話をしないでくれよ。、キミは生きてるじゃないか」
    「遠い未来の話だと思うの?」
    「……」

     ずっと先のことかも知れない。ただしそれは、普通に生きていればの話だ。
     この世界は常にどこかで争いが起きていて、地球だってそれは変わらないけれど私には他人事だった。受験戦争はあれど、本当の戦を経験することなどまずない。だから、こちらの世界で戦う術がない私は生き残れるはずもなくて、残酷な現実を突きつけられる。

    「アルバはいいよね、騎士見習いとしてレイドや皆から稽古をつけてもらってる」

     片や私は、危険だという理由で武器を所持することが許されていない。出かけるときは誰かと一緒。アヤお姉ちゃんだって、この世界に来てすぐに戦いを経験しているというのに。

    「だってもう、このサイジェントの街は平和だから……」
    「これからもそうだという保証はどこにもないじゃない」
    「それは、」

     アルバの言いたいことはわかる。それでも私は不安なのだ。戦乱が終わり英雄のおかげで平和が訪れたとしても、いつまた戦が始まらないとも限らない。未来なんて、誰にもわからないではないか。

    「そうなったら、私の魂はどこへゆくの?」
    「……」
    「輪廻の輪に入れないなら、私は、もうアルバには会えないじゃない」

     こんなにも近くにいるのに、こんなにも皆が大好きなのに、死んだら終わり。生まれ変わっても一緒にいようねなんて一昔前の少女漫画みたいな約束も、私には果たせない。

    「そんなに考えなくても大丈夫だよ。ずっと先のことなんだから」

     先ほどと何ら変わらないアルバの言葉に、段々と苛立ってくる。

    「だから……っ!」
    「だってさ」

     私の抗議の声を遮ってアルバが口を開いた。

    「おいらがさせないよ。を死なせたりなんか、絶対にしない」

     なんて、とても真剣な顔で言うものだから私はひどく困惑してしまって、

    「なに、言ってるの」
    「おいらもっと強くなるからさ、信じてくれよ」

     どこからくるのかわからない自信に、私は笑い飛ばそうと彼の顔を見たけれど

    「好きな子を守るのは、当たり前だろ?」

     そんな風に言われて、さすがに文句は飲み込んだ。

    「……約束よ。ちゃんと、守ってね」

     いつか遠い未来に二人で最期を迎えられたら、そのときはただ祈りましょう。
     五つの世界を巡る輪廻を。

    End.





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