Story

    首輪ひとつで乙女は死ぬのだ




    ※ みわさん(消炭。)のお話の続きを書かせていただきました。
    ※ 「深爪」様より題名お借りしました。


     どうして、手を振り解かれないのかがずっと謎だった。
     都合よく現在は使われていない倉庫の奥、それでも背徳感あふれる行為に噛み殺した声が唇の端から漏れる。押し寄せる快楽の波に、身を委ねるまいと涙が落ちて。ああ、俺は最低だ。そんな風に自分を蔑んで、それでもに欲をぶつけるのはやめない。もう、止められないのだ。俺自身の頭では、どうにもならないところまできている。
     脳の奥まで響く艶かしい声と縋るように背中に回された腕に、俺だって泣きたくなった。

    「てし、ま」
    「……っ」

     そんな声で俺を呼ぶなよ。本当にやりたいことが上手くいかないことに対する苛立ちをぶつけるためにを抱く俺のことを、そんな目で見るなよ。
    「好き」とうわ言のように呟いたのも、俺は次の日には忘れたふりをする。だって本気じゃないふりをして、またいつものように軽口をたたきあう。お菓子をシェアして、ノートを見せ合って、互いの友達の話をする。もう、今までと同じではいられないのに。
     肌を重ねれば重ねるほど、自転車にストイックに打ち込む友への後ろめたさが募って、どうしようもなくなって。そしてまた、誘うんだ。が拒まないことをいいことに、次の授業サボろうぜ、なんて言って。

    「なに、考えてる?」
    「別に……何も?」
    「う」

     うそ、とが口にする前に貫く。どこが弱いかなんてもう知り尽くしているから、彼女を黙らせるのなんて簡単だ。薄い壁の隔たりをものともせず、俺はただ欲望をか弱い女にぶつける。

    「ひどい、手嶋」

     全てが終わった後、むくれるに悪いなと平謝りをして、乱れた衣服を整える。だって言えるわけない、この関係をやめたいなんて。全て俺から始めたことなのに。

    「……今日も可愛かったぜ」

     ウインクひとつ、倉庫を後にする。

    「手嶋、最近練習に身が入ってないだろ」

     最近青八木に言われた言葉が胸に刺さる。練習、なんのための? レギュラー落ちした俺たちには、何もないのに。だがそう言える空気でもなく、流石の俺も黙った。茶化せる相手ではない。だから正直に白状した。勿論との関係は濁して。

    「やっぱり俺は凡人だしさ。インターハイなんて、夢のまた夢じゃん」
    「そんなこと言うな」

     思いっきり睨まれて、肩をすくめる。喧嘩はしたことないって言っていたから突然殴られることはなかったが、すごい気迫だ。結局俺はどちらも中途半端なまま、そして最後にはやっぱりこいつを手にする。

    「……ごめんな」

     愛車のサドルを撫でつけながら、俺は脳裏で彼女はに対しても謝罪した。本当に、ごめん。

    「これっきりにしよう」

     そう言い出したのはのほうで、俺は面喰らって一瞬何を言われたのかわからなかった。この不毛な関係を終わらせようとはっきり口にしたは、いつから俺の気持ちに気づいていたんだろう。きっと最初から、わかっていて応じたのだろうと思う。が俺に友達以上の想いを抱いていたことを知りながらこんな提案をしてしまった俺への復讐だろうか。

    「ちゃんと練習出なよ」
    「……悪ぃ」

     ばつが悪そうに視線を地面にさまよわせれば、ふと優しい息づかいに顔を上げる。怒るでもなく、悲しむでもなく、ただ「頑張って」と言う。

    「……応援してるから、手嶋のこと」
    「おう、サンキュ」

     無理やり作った笑顔からぽたりと雫が落ちた。流れる涙を隠しもせず、は俺との関係が終わるのを受け入れてくれた。友達として、これからも応援すると言った。最低な俺の背を叩いて。

     それから俺は自転車に打ち込んだ。来年こそはインターハイに出る。そして、あいつに優勝のトロフィーを持って行こう。そう心に決めて。

    「おめでとうございます! 手嶋さん!!」
    「ありがとな」

     レギュラー争いに見事勝利して、正式なメンバーとして選ばれた。主将の座は譲らねぇって公貴に舌を出せば思い切り睨まれてしまったが、これまでを振り返れば少しくらいなら許されるのではないかと思う。

    「見ろよ、レギュラージャージ」
    「おめでとね」

     正式に自分のものとなった黄色いジャージをに見せれば、机に頬杖をついた少しだらしない体制のままどうでも良さそうに呟いた。おいおい、俺のことを応援してくれるんじゃないのかよ。

    「見せてくれるのはトロフィーなんじゃなかったの?」
    「そりゃ、そのうちちゃんと見せようとは思ってるけどなぁ」
    「口だけの男じゃないでしょ、手嶋純太は」

     わざとらしくが残念がるので、俺はため息を吐きながら口角を上げた。
     これから塾だと億劫そうに呟くから、俺は前の席の椅子を引いて椅子ではなく机に座る。掃除の終わった教室で、二人。煩わしい見回りの教師もいないふたりだけの時間。

    「俺さあ、忘れられねんだけど」

     あの時の熱が、行為の余韻が。と交わした嘘の愛の言葉が。
     呟くと、が目を見開いて一瞬泣きそうな顔をした。何故、今になってそんなことを言うのか。甚だ見当も付かないといった顔だ。

    「今、大事な時期でしょ。レギュラー入りして、がんばって、連覇、」
    「ああ、その通りだ」

     青八木とも約束した。二人で、あの舞台を走ろうって。だけど俺の中の熱は思いのほか高くて、想いは膨れ上がって。もうどうにもならないんだって。

    「レース、見に来てくれるよな」
    「勿論、友達でしょ」
    「そうじゃなくてさ」

     あれだけ嘘と割り切れば簡単に口に出来たのに、素直な想いを伝えるのは本当に難しい。それでも。

    「やっぱり側で見てて欲しいんだ。には、俺が走るところを」

     俺の全てを曝け出したキミだからこそ、あの最低な時間で終わらせたくはない。

    「彼女としてさ」

     の瞳から涙がこぼれる。それは嬉し涙だった。関係を終わらせたあの時よりも、彼女はずっと美しい。

    「好きだよ、手嶋」
    「はは……うん、俺も」

     言葉の枷を嬉しそうに嵌めて、彼女が笑う。ああ、とてもきれいだ。

    End.





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