Story

    祝う権利





     一言伝えようと思ったら、中々タイミングがつかめなくて困ってしまった。難しいな。別に告白するわけでもないのに、どうして簡単なことが言えないんだろう。

    「おめでとう手嶋!」
    「手嶋君ハピバー」
    「ほらプレゼントやるよ」
    「サンキュー。って普通の板チョコかよ」

     楽しそうにクラスの中心で笑う手嶋君が好き。明るくて人のことを良く見ていて、頭も良くて、頑張りやで。今日誕生日だって去年は知らなくて、今年こそは、一番で言えたら良いなあなんて妄想して、結局ただのクラスメイトのままだ。話しかけれもしないのに、彼女になんてなれるはずもない。私だって、おめでとうって言いたい。
     とっても羨ましくてちょこっとうらめしくて、集団を凝視していたら、不意に手嶋君がこちらを見た。視線に気づかれたのかな。見すぎた? 気持ち悪がられたらどうしよう。居た堪れなくて逃げたくなったけれど突然席を立つのもなんだかおかしいような気がして、とりあえず視線を逸らして机の中のノートを整理するふりをした。見ていたのはアナタじゃなくって、その後ろの黒板の時間割ですよとでも言うように、わざとらしく誤魔化して。
     他の子たちに礼を言いながらこちらへと歩いてきた手嶋君は、私の名前を呼んで、いつもみたいに優しい微笑を浮かべて「オレ、今日誕生日なんだ」と言った。

    「し、ってる……聞いてたし……」
    「ん、そか」

     その含み笑いの裏には何があるのか、知りたいような知りたくないような。手嶋君は時々笑顔が怖いと感じることもあって、頭の良くない私は話しかけるのを躊躇ってしまう。この思いが見透かされているんじゃないかと、思ってしまう。たくさんのことを考えて、発して、人気者で、でもその裏では何を考えているのかわからない。怖いけれど、好き。引っ込み思案で人見知りの私を気にかけて、いろいろ助けてくれるから、我ながら単純だとは思うけれどあっという間に落ちてしまった。

    「でさ」

     一呼吸置いて、手嶋君が口を開く。ぼんやりと思考の海を彷徨っていた私は突然現実に引き戻されて困惑した。まだ、話続いていたんだ。

    「え、何……?」
    「今日自転車部の皆が誕生会企画してくれてるみたいでさ」

     誕生会ってサプライズじゃないんだ。それとも隠しているけれど他の皆がバレバレなのか、手嶋君が鋭いのかのどちらかか。後輩たちをみたことはあるけど、恐らく前者だ。

    「うん。それで……?」
    「一緒に来ないかなって思ってさ。部活入ってなかっただろ」

     放課後はヒマだよなと暗に言われているようで少し刺さる。確かに、あまり青春をエンジョイできている方ではないけれど。それにしても部活でやるバースデーパーティーに部外者を誘うなんてどういうつもりなんだろう。そういうところ、しっかりしてそうなのに。

    「私、部外者だし」
    「今日だけはいいってことになってるんだ」
    「あまり自転車部の人と面識ないし……」
    「ちゃんと紹介するから」

     やけにぐいぐいくるな、と思って、最終的には疑問を口に出す。

    「なんで、私を……?」

     他のクラスの子たちに声をかけていたわけでもなく、わざわざ私のところまできて声をかけるなんて。私が帰宅部でヒマそうにしていたから? いやいや、他にだって部活もアルバイトもしていない子はいるはずだ。だから、単純に疑問に思ったのだ。まさか、なんて期待はしちゃいけないって、ずっと思っていたから。

    「やっぱ祝って欲しいじゃん? 好きな子にはさ」

     片目を閉じてウィンクしながらそんなことをさらりと言ってのける手嶋君に、びっくりとか感動とか喜びとか、いろんな感情がどこかへいってしまって、ただただキザだなあって笑ってしまった。ひでぇなーと笑う手嶋君の顔もまたほんのり赤くて、心があったかくなった。

    「誕生日おめでとう」
     祝う権利を、ありがとう。

    End.





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