Story

    可愛い後輩と執着心





     さんには好きなひといるの?
     そんな純朴そうな顔で聞いておいて、その眼差しは真剣そのものだ。全く、答えに迷ってしまうじゃない。

    「……いないよ」
    「ほんとに?」
    「嘘ついてもしょうがないでしょう。真波くん相手に」
    「えー、それってひどくない?」

     真波くんは可愛くて好きだ。年上に人気があるしクラスメイトにもモテる。それをわかっていてやっている節があるからタチが悪いのだけど、かと言って憎めないんだから私もなんだかんだ彼には甘いのだ。東堂くんが世話を焼きたがるのもわかる気はする。しかし、彼が私へ抱く好意と、私が彼へ抱く好意は別物だ。弟みたいに可愛いとは思うけれど、異性として考えることは出来ない。やんわりと伝えたところで、真波くんは決して引いてはくれないのだけれど。

    「#name2#さんはさー、福富さんみたいな人がタイプ? それとも荒北さん?」
    「どうして?」
    「練習見にきてくれるとき、その二人の方ばっかり見てる気がするから」

     気がすると言いつつ、多分その顔は確信している。よくもまぁ見ているものだと感心しながら、しかし私は否定の言葉を口にする。

    「そういう風に見たことはないわ。ただ仲良いなって思って。ああいう関係はいいよね」
    「うーん、俺にはよくわかんないや」

     真波くんにはきっとそういう相手がいないのだ。私と同じで、誰にも執着しない。来る者拒まず去る者追わず。似た者同士だから真波くんは私に惹かれているんだろうか。それはある意味執着心なのかも知れないし、そうじゃないのかも知れない。

    「ねえ真波くん」
    「はい、なんですか?」

     ときどきこちらから声をかけると、真波くんはとても嬉しそうな顔をする。犬みたいねと言うと、俺はカメ派かなぁ、なんて頓珍漢な答えが返ってくる。そんな訳のわからないやりとりも、彼が相手だから楽しいと思えるのだ。

    「真波くんは私の何がそんなに良いのかしら」
    「えー、何って……改めて聞かれると照れるなぁ」
    「私は自転車のことよく知らないし山も坂も嫌いだし、ゲームもやらないから、あなたとは話が合わないと思うのよ」
    「うん、初めて話したとき、『坂が好きなんて変態ね』って言われたの結構ショックだったなあ」
    「それは今も思ってるわよ。東堂くんも含めてね」
    「ええー……」

     そうだ、私は真波くんの好きなものを好きと言えない。仮に付き合ったとしても、それではお互いに楽しいと思えないのではないか。幸せとは到底呼べないのではないか。

    「でもそれのどこがダメなんですか?」
    「え?」

     キョトンとした顔で、まるでわからない、というように言う真波くん。それには私も面喰らってしまって、次の瞬間言葉を失った。

    「先輩が何を好きでも、俺と違うものを見ていても、俺はそうやってハッキリしてる先輩が好きなんだ。そりゃあロードのこと、ちょっとは好きになってもらえたらなとは思うけど……、無理には言わない。俺も先輩が集めてる変なキャラクターのグッズ全然興味ないしね!」
    「なんでそれ知ってるのよ……」

     以前友人にゆるキャラ好きなんてのキャラに合ってないよねと言われてから学校に持ってくることなんて無かったのに、真波くんの情報網を甘く見ていた。ほとんどの女子は真波くんの味方なのだ。私に逃げ場なんて最初からないのかも知れない。

    「ね、#name2#さん、少し考えてみてくれる?」

     優しい、顔で、真波くんが私に微笑みかける。私は、彼を

    「無理!」

     笑顔でフッた。

    「えーッ! そこは揺れるところじゃないですか? うんって頷くところじゃないんですか?」
    「甘いわね真波くん。私が何年か忘れたの? 上には上がいるのよ」
    「あっ」

     私のクラスには新開隼人という、最上級の甘いマスク保持者がいる。女子を骨抜きにしてお菓子を貪る罪な男。そして三年には東堂尽八という曲者もいる。今更後輩のテンプレートのような口説き文句に揺らぐわけがないのだ。悪いわね。

    「まあいいや。だから先輩と話すの楽しいし。昼休み終わるから俺もう行くね」
    「今度はちゃんとお弁当食べないで持ってきなさい」

     遅刻魔真波は今日も例に漏れず昼休みに重役出勤、朝から山に登っていてついでにお母さんが持たせてくれたお弁当も登校前に食べてきたという自由すぎる男だ。そんなやつに好かれた私の身にもなってほしい。
     はあ、と少し大袈裟に溜息を吐くと、真波くんがニコニコと笑みを浮かべながらとんでもない爆弾を投下した。

    「先輩、荒北さんに執着されてる福富さんが羨ましいんでしょ。執着したい何かじゃなくて、執着してくれる誰かを求めてるよね」
    「!」
    「俺のこと嫌いじゃないでしょ? ……じゃあ、またね」

     可愛い可愛い後輩の男の子。適当なことを言って去って行く背中を睨みつけてみたけれど、すぐに可笑しさが込み上げてきて、一人小さく噴き出した。

    「ほんと、よく見てるわ」

     もっともっと執着して、追いかけて。君が飽きて私に興味がなくなった頃、きっと今度は私が追いかけてあげるから。

    End.





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