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    王子様になりたくて





     あの子はとてもロマンチストだ。子供っぽいというか、少し電波というか。俺みたいに友達が少ないわけではないけれど、教室で堂々と「いつか王子様が」と口にするのは彼女くらいなものだった。今時そんなことを言う女子高生がいるんだな。

    「青八木くんはさぁ」

     席が隣になって、特別仲が良いわけでもないのに何かと話しかけてくるようになったのことを、俺は密かに気になっている。多分自身はそこに他意はなく、つまらない授業中の話し相手だとか、暇つぶし程度の認識でしかないのだろうけれど。

    「なんだ」
    「どうしてそんなに笑わないの?」

     国語の授業が終わって間もなく、黒板の文字をまだ書き写していたが次の時間集める予定だった数学の課題のノートを出していた俺に向かってそんなことを言ってきた。

    「……笑ってない、か?」
    「うん、話しかけてもあまり楽しそうじゃないなあって」

     意識して笑おうとしたことはないが、しかし決して学校が楽しくないわけではない。勉強は得意ではないけど部活は楽しいし、仲の良い友人もいる。好きな子も、いる。

    「でも、手嶋くんといるときは結構笑ってるよね」
    「……まぁ、そうかも、知れないけど」
    「ふふ。青八木くんにとっては手嶋くんが王子様なのかな」

     がくすりと笑いながら言うので、俺は何ともいえない気持ちになる。

    「……変なことを言うな」
    「ごめんごめん。でも、なんか羨ましくて」

     いつか王子様が、なんて夢見がちなは、だけど本当にそんなことを思っているわけではないのだと思う。中学は女子校だったという彼女には、男に対する憧れとか夢とかがあるのかも知れない。そしてそんな可笑しな彼女のことが気になっている俺は、あわよくば彼女の王子様になりたいなんて、可笑しなことを考えてしまうのだ。

    「青八木くんはさぁ」

     また、は口を開く。彼女はいつも、ふわふわと間延びしたような話し方をする。甘えたようなのとは違う、優しい笑い方と話し方。気づけば黒板の文字は日直によって消されていた。楽しそうに雑談する彼女は板書を終えたのだろうか。

    「あまり笑うところ見ないけど、笑った顔は優しいよね」
    「!」

     そう言ってふわりと笑うは、まるでお姫様のようだった。


     それが、二年の終わりの出来事。



    「青八木、おはよ」
    「……おはよう、純太」

     新学期、三年のクラスに向かう途中で合流した純太と一緒に教室のドアを開けて中に入る。そこにはいつもと同じようにぼんやりと空想に耽るが見えて、知らずのうちに口角が上がる。それに気づいた純太が肘で俺を突っついた。ほら行けよと言わんばかりに。ほんの少しの照れくささと期待を胸に、自由席の彼女の隣の椅子を引く。

    「……、おはよう」
    「あ、青八木くんおは……わっ」

     声で俺だとわかったが顔を上げてこちらを見たが、その瞬間目を見開いて驚きを浮かべた。

    「髪染めたんだ! すごい、雰囲気変わるね!」
    「あ、ああ……」

     変かな、と問えば、は首を振って「似合うよ」と言った。それから続けざまに

    「まるで童話の王子様みたいだね」

     なんて言うので、俺は相変わらず変なことを言うやつだなどと言いながらも内心は嬉しくて。
     君が王子様と恋をしたいなんて言うから、俺だって自分自身が単純だとは思ったけれど、の王子様になりたかったんだなんて、そんなことは言えなかった。

    「もう王子様探しはしないのか?」
    「えっ?」

     いつの話をしてるの、とが言う。やはり滑っただろうか。春休みを挟んで、流石に彼女も子供じみた妄想から現実に帰ってきて、だとしたら俺だけが随分と恥ずかしい。顔に熱が集中していく中で、目を丸くしたが一言。

    「もう必要ないもの」

     そう言った。俺はその意味が分からずにやや首を傾げて、小さく「なんで」と口にしていた。は前と同じように楽しそうに笑って、

    「目の前にもう王子様がいるから、探す必要はないでしょ?」

     その瞬間、俺は彼女から、俺のお姫様から目を離すことができなくなってしまった。

    End.





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