Story

    おばけかぼちゃが笑うには





    「へぇ、器用なもんだな」

     手嶋先輩が、私の手元を見ながら感心したように呟いた。

    「えへへ、昔お父さんと一緒によく作ったんです」

     家庭科はそんなに得意ではないけれど、技術や図画工作は割と得意な科目だった。胡座をかいた、少し女子としては行儀の悪い格好で観賞用のカボチャを足の間で固定し、顔部分にナイフを突き立てる。

    「雰囲気だけでも違うと思いませんか? 浮ついた気分じゃいけないのかも知れないけど」
    「いや、いいと思うよ、俺は」

     手嶋先輩は優しく笑って、右目部分の円形にくり抜いたカボチャの皮を手にした。

    「俺は駄目だなー、こういうの。料理のほうがいいわ」
    「さっすが女子力の塊!」
    「それ褒めてんのか?」
    「もちろんです」

     でも、多分そういった特技のほうが重宝されるんだろうな。こんな技術、別になくても支障はないのだから。

    「そうか? どんなものでも、特技ってのは大事にした方がいいぜ」

     手嶋先輩がそう言ってくれるなら、少しは自信を持っていいのかな。カボチャの両目をくり抜いて、次は鼻にとりかかる。
     十月も半ばに差し掛かり、街でもハロウィンの装飾が目立つ。クリスマスほどメジャーではなくても、季節感は大切にしたいものだ。大好きな先輩は自転車部の主将に就任したこともあり忙しくしているから、そんな暇などないのはわかっている。だから、例えば仮装やらお菓子やら、そういうことに乗っかるつもりはない。ただ、自転車に没頭するあまりせっかくのイベントをスルーしてしまうのは勿体ないと思う。だから私は、少しでも雰囲気を味わって欲しくて部室にこのジャックオランタンを飾りたいと思ったのだ。

    「可愛い顔してるな」
    「えっ」
    「このカボチャ。もっとおっかないの想像してたんだけど」
    「あ、ああ……なんだ」

     一瞬、私が可愛いって言われたのかと思って驚いた。なんだカボチャのことか。少し残念。

    「だって部室にそんな禍々しい顔のカボチャが置いてあったら気味悪いじゃないですか」

     買ってあるライトは百均のものなので弱々しく、暗がりで見ると何というか、不気味だ。

    「呪われそうっていうか……」
    「確かに」

     手嶋先輩が眉尻を下げて笑う。最近は思い詰めたような顔ばかり見ていた気がするから、少しだけ安心した。

    「鳴子あたりは、当日お菓子をせびってくるんだろな」
    「鳴子くんはお菓子をあげてもイタズラしてきそうです」
    「だなぁ。対策立てないとやべぇな」

     その光景を思い浮かべながらおかしそうに言う姿に、確信する。
     手嶋先輩だって私たちと同じ高校生だし、こういうイベントは好きに決まっている。一緒に、楽しみたいはずだ。

    「先輩」
    「ん?」
    「少し休んだって、バチは当たらないと思いますよ……」

     怒られるかな、と思いながらも口にすれば、手嶋先輩は目を丸くして二、三度瞬きをした後で、

    「ありがとな、」

     そう笑ってくれた。





    「わあ、すごいねさん!」

     ハロウィン当日。飾ったジャックオランタンに小野田くんが目を輝かせた。ほかの人たちも、すごいって褒めてくれたから嬉しかった。こんな特技でも認めてくれる人はいるんだな。手嶋さんの言ったとおりだった。

    「よっしゃ! 小野田くん、スカシ! トリックオアトリートや」
    「えっ、えええ!?」

     案の定、鳴子くんが元気に魔法の呪文を唱えて、何も用意していない小野田くんと今泉くんに突進していった。小野田くんはくすぐり攻撃を受けて、今泉くんは「馬鹿馬鹿しい」と言いながらひらりとかわす。

    「おぉ、なんか賑やかだな」

     そこへ手嶋さんと青八木さんが入ってきて、何だかんだ楽しげな三人を見て言った。小野田くんをくすぐっていた手を止めた鳴子くんの瞳がきらりと光る。

    「パーマ先輩に無口先輩! トリックオアトリートや!」
    「……」
    「ほらよ」

     くすぐる準備をしていた鳴子くんの手のひらに、青八木さんがポケットから出した飴玉と手嶋さんの可愛くラッピングされたクッキーの袋が乗せられた。

    「あー! あかん! パーマ先輩はもしかしたら思とったけど、無口先輩まで!」
    「鳴子対策にって純太がくれた」
    「あ゛ー!!!」

     アメちゃんならワイもたくさんあるわって叫んでいた鳴子くんだけど、それでも早速クッキーの袋を開けてつまんでいた。

    「」
    「あ、はい」

     青八木さんや小野田くん、他の部員にもお菓子を配った手嶋さんは、最後に私の名前を呼んだ。正式なマネージャーでもなく、ただ手嶋さんが好きで、役に立ちたくて自転車部に入り浸っているだけの欲にまみれた帰宅部の私に

    「これ、お前の分な」

     明らかに他の子とは別の、ちょっとだけ豪華なお菓子。

    「あっ、さんだけケーキ入っとる! 贔屓や手嶋さん」

     目ざとく私の手にある袋を見て鳴子くんが叫ぶ。そうだよね、部外者の私がこんなのずるいと思う。
     気を使わないでくださいって告げて返そうと思ったら、手嶋さんはいつものようにやわらかく微笑んで、

    「ばぁか」

     鳴子くんにというより、部全体に向けて言葉を放った。

    「贔屓もするだろ、特別なんだから」

     なぁ? なんてそんな風に同意を求められても困ります、先輩。

    「アレ、今度は俺にも教えてくれよ。作ってみたい」

     私が彫ったランタンを指差しながら手嶋さんが言うから、そんなものでいいならいくらでも教えてあげますよって言いたかったけどまた女子らしくないあの格好を先輩の前でするのかと思ったらちょっと恥ずかしかったから、じゃあ、その代わりにって交換条件を出した。

    「わ、私にもお料理教えてください」
    「オッケー。部が落ち着いたら、手取り足取り教えてやるよ。……俺の家で」

     少し悪い顔をしてにやりと笑うから、カボチャより手嶋さんのが怖いし部室でそんな発言をするものだから皆すごい顔してるし。

    「手嶋さん、そういうのはよそでやってもらえますか」
    「無口先輩もなんとか言ってくださいよ!」
    「おめでとう純太」
    「おう、サンキュー青八木」
    「何でや!!」

     賑やかな総北自転車部の中心で真っ赤な顔をしているであろう私のことを、部室の片隅に置かれたジャックが優しく笑って見ていた。

     良かったね、。

    End.





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