Story

    ずるいひと





     手嶋くんのおかげで、青八木くんという彼氏ができた。好きです、付き合ってください。シンプルな言葉だったと、思う。私は手嶋くんみたいに気障な台詞は言えないし、遠まわしな愛の告白なんかたぶんあいつには伝わらねぇよって手嶋くんが言うので、思ったことを素直に伝えた。付き合ってください。その言葉のあとに、青八木くんはこくりと頷いて「わかった」と言った。私たちは、付き合うことになった。

    「ねぇ青八木くん、今日は部活がオフだって手嶋くんから聞いたんだけど……」

     もしかして一緒に帰れたりする? そう尋ねたら、彼は少しだけ宙を仰いで、私に視線を戻し、ゆっくりと頷いた。何をそんなに考えることがあっただろう。私は手嶋くんじゃないから、青八木くんの考えはよくわからない。それでも、好きなの。貴方が自転車を漕ぐ姿が、目に焼きついたその瞬間から。
     自転車を押しながら、私のペースに合わせてくれる青八木くんは優しい。手嶋くんほどではないけど、気にかけてくれているんだろうってわかる。

    「私、手嶋くんと仲良くなれて良かったなぁ」
    「!」
    「おかげで、青八木くんと近くなれたんだもん」

     一瞬青八木くんが驚いたように目を見開いたけど、そのまま何も言わずにいるのでえへへと微笑んでみる。
     見てるだけだった、話しかけちゃいけないような気がして、近づけなかった。だけど手嶋くんと席が近くなっていろいろお話しするようになって、その過程で青八木くんと仲良しだと知って。別に利用したとかじゃなく、手嶋くんが鋭いのだ。さん青八木のこと好きでしょって、誰にも打ち明けたことのない私の気持ちをさらりと暴いてしまうんだもの。
     だけど、青八木くんはいつだって私の言葉を聞いて、相槌を打って、たまに質問に「ああ」「わかった」「いや」などと肯定や否定を返すだけ。私はもっと貴方の声が聞きたいのに。貴方の話が聞きたいのに。

    「……青八木くん、は」

     どきどきする。胸が高鳴る。口にするのは気恥ずかしくて躊躇われるけれど、それでも聞いてみたかった。

    「私の、こと、どう……思ってるの?」
    「……どうって」

     どきどきを隠しながら精一杯に見つめれば、真っ直ぐに見つめ返してくる。少しだけ、青八木くんも緊張しているみたいだ。
     暫くの沈黙の後、突然青八木くんが動いた。私の方にぐっと距離をつめてきたかと思えば、手を引かれてびっくりする。

    「……危ない」
    「え、あ……っ」

     私の後ろから、自転車が走ってきていた。ロードバイクから片手を離して、青八木くんは空いた手で私のことを引き寄せる。その脇を自転車が通り過ぎて行ったけれど、その後も青八木くんは手を離さなかった。ぎゅっと握られた手を、引かれるままに歩く。危ないからって、ねぇ、なにそれ。まだ話は終わってないし、上手く誤魔化されたような気がするし。なんだか青八木くんってずるいなと思うけど、何だかんだそんなので幸せを感じてしまう私も簡単な女なんだなって思う。

    「ずるい」
    「……」

     小さく呟いた声は絶対に聞こえているはずなのに、青八木くんは前を見たまま返事もしなかった。



    「青八木とはどうだ?」
    「順調って言いたい……けど」
    「けど?」
    「私、手嶋くんみたいに青八木くんの気持ちわかんないから」

     翌日学校で話しかけてくれた手嶋くんに少し愚痴を言ってみる。私の話を聞いた手嶋くんはあぁと納得したような声を発しながら、にやりと笑った。

    「でもさ、わかんないほうがいいと思うぜ」
    「どういうこと?」

     手嶋くんの言葉の意味がわからずに彼の顔をじっと見つめていれば、手嶋くんが「おっ」と声を上げて教室の入り口に視線をやった。それに倣って私もそちらへ顔を向ければ、青八木くんが登校してきたところだった。手嶋くんは軽く片手を挙げ、挨拶する。

    「はよ」

     手嶋くんの言葉にこくりと青八木くんが頷くから、私も慌てて「おはよう!」と声をかける。青八木くんは私と手嶋くんを交互に見て、やはり小さく頷いた。いつもは小声でもおはようと返してくれるのに、ちょっと、機嫌が悪いみたい。今日は雨でロードに乗れないから?
     机の上に無造作にスクールバッグを置く青八木くんのことをぼんやりと眺めていたら、不意に目が合う。

    「」
    「ひゃ!? は、はい」

     突然名前を呼ばれて驚きのあまり変な声を発したら、傍らで手嶋くんが声を押し殺して笑っていた。もう、笑わないでよ。軽くはたいてみても、彼は悪い悪いと平謝りをするだけで笑うのをやめなかった。ひどい。

    「えっと、それで、どうしたの?」

     笑う手嶋くんは放っておいて、青八木くんから話しかけてくれるなんてレアなので姿勢を正して彼の言葉を待つ。

    「今日は天気悪いから、ミーティングだけ、なんだ」
    「うん」
    「一緒に帰れる」

     昨日はオフで珍しく一緒に帰れるって喜んだけれど、まさか二日連続だなんて! 私はなんてツイているんだろう。

    「う、うん、わかった!」

     うれしくてうれしくてついしまりない顔で微笑んだら、青八木くんもほっと安堵の表情で笑みを浮かべた。相変わらず格好いいな。

    「じゃあ、放課後」

     それだけ言って、青八木くんが席へと戻っていく。幸せで胸がいっぱいになっている私の後ろで、手嶋くんが先ほどとは違って、やさしく笑った気がした。
     放課後、掃除が終わってから玄関先で待ち合わせて帰る。上履きから外靴に履き替える青八木くんに、先にまっていた私は傘立てから取り出した自分のビニール傘を広げながら尋ねた。

    「青八木くん、傘持ってきた?」
    「いや、ない」
    「え、でも朝から雨……」
    「ない。後輩に貸した」

     淡々と、それでいて強い口調で青八木くんが言うので、私はそれ以上は何も言わなかった。機嫌、まだ直らないのかな。

    「貸して。傘、俺が持つ」
    「あ、うん……ありがとう」

     青八木くんは男の子の中では身長が低いほうかもしれないけど、私よりは大きいし凛々しくて格好良い。こんな人と付き合えているという事実は私をひどく酔わせる。幸せだな。でも、並んで歩きながら続く無言に、少しだけ残念に思う。私は青八木くんを好きだけど、青八木くんだって私を嫌いではないと思うけど、本当はどう思っているの? って、聞きたい。知りたい。教えてほしい。無口にもほどがあるよ。なんて、もしもそんな文句を言ってしまったとして、じゃあ付き合うのやめようとか言われたら立ち直れないから。だから私は、もうそのことには触れないようにしようと思う。ずるくてもいい、青八木くんが何も言わないなら、私だって何も言わないで青八木くんの彼女でいたいもの。
     雨音を聞きながら、無言ってなんだか落ち着かないから話題を探す。

    「えっと、あの……」

     とは言っても、私は自転車についてさほど詳しくはないし、きっと青八木くんだって私の趣味や日常に興味はないのではないだろうか。面白い話題、何かないかと探り探り口を開いたとき、浮かんだのは共通の友人であった。

    「そ、そういえば今日、手嶋くん結構早く来ててねっ」
    「!」
    「青八木くんと別々なの、珍しいなあって」
    「ああ……天気悪かったし、朝練がなかったからな……練習で体壊していたら元も子もない」
    「そっか、そうだよね」

     手嶋くんの名前を出したら青八木くんは驚きながらも答えてくれたので、ついつい私はいつもより饒舌になる。手嶋くんのおかげで青八木くんと付き合えた私は、手嶋くんのおかげでこの気まずさを乗り切ることができる。手嶋くんありがとう。ここにはいない人に心の中で感謝した。
     青八木くんは完全に聞き手で、頷きながら時々相槌を打ってくれる。何か考えごとをしているみたいで、上の空でいることも多かったけれど。

    「……それでね、手嶋くんが、」
    「」
    「え?」

     何度目になるかわからない「手嶋くん」の名前を出したとき、不意に名前を呼ばれたかと思ったら隣から青八木くんの手が伸びてきて、私の頬に触れた。そのままきゅっと、つままれる。喋るな、とでも言いたげに。

    「……もっと、他の話が聞きたい」

     そう言った青八木くんの瞳は真剣で、私は口をあけたまま呆けてしまう。なんで、そんなふうに。

    「そういうの、ずるい」

     私が不満げに言うと青八木くんはふっと困ったように笑って「悪い」と言いながら傘を持たない手で私の手をつかんだ。昨日とは違うのは、指先が絡められて、まるでちゃんとした恋人同士みたいだということ。


    『でもさ、わかんないほうがいいと思うぜ』

     手嶋くんはそう言うけど、私は青八木くんの気持ちが知りたくて、聞きたくて、でも

    「……」

     無言のまま私の手を引く青八木くんが耳まで赤いのに気づいて、まあいっかと思ってしまった。
     彼はとても、ずるいひとだ。

    End.





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