Story

    誤字だらけ彼女と誤算な恋





     こんとね。

    「……は?」

     野球部のマネージャーだったと、先日LINEのアドレスを交換した。

     彼女は野球が出来なくなって自暴自棄になっていた俺をずっと心配してくれていて、俺が自転車を始めたと知ったときには「打ち込めるものが見つかって良かったね」と笑っていた。野球が出来なくなったからと言って野球が嫌いになったということは全然なくて、まあ野球部の練習を見かける度に「もしも肩を壊していなければ」なんて妄想をしないこともないわけじゃないけれど、そしたら今の自転車部の連中と出会うことも勿論なかったわけで。だからこれで良いと自嘲気味に吐いたとき、は「荒北が苦しくないなら何でもいいよ」と言った。苦しいヨ、全然速くなんねェし。新主将になった福富寿一は厳しい鉄仮面だし。そしたらはまた笑いながら「でも嫌な苦しさじゃないよね」とも言った。

     その時から、そいつは俺の中で少しだけ特別な女になった。

     そんなが、ふとした雑談の中で「そうだ、LINE交換しよ」と言ってきた。俺はそれを承諾して、その瞬間消すのが面倒だったヤンキー仲間と野球部連中、あとは今の自転車部のやつらしか入っていない俺のLINEに、初めて女子の名前が加わった。
     端末を通してやりとりをして初めて解ったことだが、はとにかく誤字脱字が多い。誤送信したとしてもそれを訂正することもなく、こちらがしばらく悩んでそれでもメッセージの真意が解らずに降参し問いかけてようやく正しい言葉が返ってくるような、凄く雑な性格だったのだ。
     今回も「俺が出場するロードレースを観に来ないか」という旨を伝えたのだが、その返答が冒頭のものだった。俺はコントなんかしねぇしって心で叫びつつ少しフリーズしかけたが、やや後で「今度ね」と、今回は予定が合わないという意味なのだと理解した。今日はその程度だが本当にヒドいときはアルファベットが混ざって文字化けみたいになってたり場違いなスタンプが送られてきて変な汗が流れ出す。わざとやってんのかってくらいに、雑。普段の姿からは想像つかないけど、そんな女だったらしい。俺に脈がないから、わざとなのかも知れないが。

     LINEのやりとりを始めた当初、意味不明な会話が続いて、解読不可能のため翌日に同じ話をしたら「あれ、昨日LINEで言ったよね?」などと平然と言ってくるので、一時期LINEをやめようかと考えた。しかしもう少し我慢して付き合ってみたところ、なんとなく面白い。難読漢字を読み書きできるようになったみたいな、クロスワードパズルが解けたみたいな、ちょっとした達成感みたいなものがあって、俺にとって一種の暇潰しのようになっていたのだ。

    「ん、靖友LINEしてるのか」

     休み時間、だらっと椅子に寄りかかりながらスマホを見ていると、突然背後に現れた新開が声をかけてきた。オイコラ、何普通に覗き込んでんだヨ。
     俺が女とやり取りしているのが相当気になったのか、思い切り会話画面を覗いてきた新開が一言困惑気味に尋ねてきた。

    「……え、彼女何人?」
    「日本人」

     俺が外人とLINEなんかするか。でもまあ、新開の気持ちもわからなくはない。この文面を見れば誰だって疑問に思うだろう。一体何事かと。

    「靖友、それ読めるのか?」
    「一応日本語だからネ」

     あいつが話す言語は間違いなく日本語で、あいつがスマホで打っているのは間違いなくかな文字だ。だから法則さえ解れば解けないこともない。

    「法則って」

     新開がパワーバーを咥えながら半笑いで呟いた。

    「面白いか?」
    「ウン、面白いヨ」
    「好きなんだな、のこと」
    「……サァネェ」

     特別っちゃ特別。それは認めても良いが、それが恋かは未だ不明。宛のメッセージを見ながら、これはツチノコとか宇宙人とか未知の生物を偶然捕まえて飼育しているような、そんな感覚じゃないだろうか。まだそんな未知と遭遇したことはないが。

    「まァ、どうでもいいじゃナァイ」
    「ふーん」

     片手でLINEする俺に、新開は意味深に笑いながら去っていった。アイツは何しに来たんだ?

    「ま、いいけどォ」

     の「こんとね」に対して「また次のレース決まったら連絡するヨ」と返す。それに対する返事は「待ってるね」だったけどスタンプは寝てた。



    「あらきたー」

     放課後、部活に向かう俺を誰かが呼んだ。誰かなんて、最初からわかっている。振り向いて、掃除中らしく三階美術室の窓から俺を見下ろすに向かって声を上げた。

    「何ィ」

     掃除サボるんじゃねェよ、と声をかけたら楽しそうに笑う。ひとしきり笑ったら一度深呼吸をして、その笑顔のまま

    「部活、頑張れー!」

     人目も気にせず、そんな声を張り上げて。照れくさくて

    「ッセ、言われるまでもねェ」

     踵を返して再び歩を進めた。

     俺、やっぱりアイツのことチョット好きかも知んない。

    End.





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