「なんで?」
「なんで、とは?」
朝、愛しの彼女の席に向かいおはようと声をかければ、開口一番にそう言われて戸惑う。一度豆鉄砲を食ったように唖然としてしまったが、それでも冷静を装い尋ね返した。すると今度は、机に両手を突っ込んで何やらゴソゴソと探りだした。何が出てくるのだろうと緊張しながらその行動を見守っていたが、次の瞬間俺の目の前に差し出されたのは一枚の紙切れだった。でかでかと、総北祭という文字が書かれている。俺の永遠のライバル、巻ちゃんこと巻島のいる総北高校の学校祭の宣伝チラシだった。
「行くの?」
「ん?」
「これ、行くの?」
そもそも、何故がこのチラシを持っているのかが疑問だったが、まぁ大方の予想はつく。 俺はため息混じりに呟いた。
「……真波のやつだな」
俺のところに巻ちゃんからチラシが送られてきた(ノルマがどうとか言っていた)のだから、真波のところにもあのメガネくんからきたのだろう。俺は伝えた覚えがないのにが知っているのはそういうことだ。なんと答えようか。俺の口からきちんと伝えようと思っていたのに、真波め、余計なことをしてくれた。
「ああ、自転車部の皆でな、行こうという話になったのだ」
真波はそれに乗り気ではなかった。インターハイの大舞台、僅差で敗れてしまったのだから仕方のないことかも知れないが、それはそれ。祭りなのだから楽しもう、とフクも言っていたのだ。息抜きも大切だと部員たちを思いやっていると見せかけて、チラシの端に書かれていたメニューの「りんご飴」に釘付けになっていたことは俺を含めて三年は全員気付いていたが言わなかった。
「ふーん、そう」
「そ、それでだな、も一緒に行かないかと思ってな」
回想に浸っている場合ではなかった。最初からを誘うつもりではいたのだ、彼女の勉強の息抜きにも良かろうと思って。だから真波に先手を打たれたとは言え俺が誘えば彼女が乗ってこないわけがないと自信を持って伝えたのに、
「いいや、私は行かない」
「なっ!?」
よもや断られるとは思いもしなかった俺は、慌てて問う。
「何故だ!? 久しぶりのデートだと言うのに!」
「だからだよ、自転車部の子達と一緒なら私は行けないよ」
「う……」
確かに、彼氏の友達と出掛けるというのを嫌がる女子は多いのだろう。しかしは自転車部のメンバーとは顔見知りだし、比較的荒北なんかとは仲が良いように感じる。だから別段気にすることもないだろうと思ったが、俺が甘かったのだろうか。
「別に、百歩譲って箱学生と一緒にっていうのはいいとしても……総北には行きたくない」
ムスッとした顔で、視線を床に落とす。なんと声を掛ければ良いのかわからずに俺も黙ると、
「“巻ちゃん”がいるから、行くんでしょう?」
「は?」
彼女は、突然何を言い出すのか。
「だって東堂くん、巻ちゃんって子とばっかり電話してる! 総北ってその人の学校でしょ? 私ひとりぼっちにされるの目に見えてるじゃん」
「あのな、……巻ちゃんは俺のライバルで、総北の自転車部で、つまり男なのだが」
「知ってるよ。真波くんに教えてもらったから」
性別は関係ない。の中では、俺の関心が自分以外に向いているのが面白くないのだろう。
「それでも、嫌なんだもん……」
そう言ったの目尻に浮かんだ涙を、咄嗟に指で拭った。彼女は驚きはしたが俺の行動を受け入れながら「ごめんね」と呟く。
「何がだ?」
「重たい女で、ごめんなさい」
先程とは打って変わってしおらしくなってしまった。俺が小さく息を吐くと、びくりと肩を震わせる。全く、この程度で重たいと言うような器の小さな男だと思われているとは心外だ。
「俺と巻ちゃんが仲良くしているのを見るのが嫌なのだろう? それはヤキモチだろう。俺としてはとても嬉しいことだし、何の問題もあるまい」
「……東堂くん」
「寂しい思いはさせないから、一緒に行こう。俺は、巻ちゃんにを紹介したいのだ。ライバルで親友のあいつに、最高の彼女をな」
そっとの手を自分の手で包み込めば、彼女はようやく微笑んで
「うん」
了承してくれた。
こじれなくて良かったと安堵したその瞬間、
「、東堂は巻島に全く相手にされてネェから安心してイイと思うヨ」
教室に入ってきた荒北が横槍を入れてきたから、今度は俺が辛い現実を突きつけられることになった。