ぽかぽかと、暖かい日が差す午後の授業。窓際の席は特に暖かくて、微睡みを誘う。私がやっとの思いで眠気を我慢しているというのに、隣の真波くんは堂々と眠りこけている。呆れてしまうのと同時に、その神経の図太さが羨ましくも感じる。気持ちよさそうだなあ。隙間風に彼の癖っ毛が揺れて、ふと笑みが溢れる。
「……なに、見てるの」
「えっ」
小さく声がして見れば、真波くんは起きていたようで、突っ伏したままの状態で顔だけを私の方へ向けていた。
「べ、べつに……気持ちよさそうに寝てるなって、それだけ」
「ふうん? さんも寝れば?」
「……授業中ですよ、真波山岳くん」
「あはは。はーい」
私が注意を口にして黒板を見つめると、真波くんはおかしそうに笑って、体を起こした。んんっと伸びをして、先生から呆れたような叱咤の声が飛ぶ。
相変わらず遅刻魔で、居眠りばかりで。それでもロードバイクに乗っているからか、彼の体は意外と鍛えられていて逞しいので、結構近くで見るとドキドキしてしまう。
そんな風に彼を眺めていたらいつの間にかつまらない授業は終わっていて、皆思い思いに休憩を取り始める。真波くんはまだ眠たいのか、腕を前に組んだままうとうととしていて、私はやはりそんな真波くんをじっと眺めていた。
「なに?」
「え?」
また視線が合う。真波くんは、眠たげなようでいていつも私を見ているみたいだ。見られていないと思って私は真波くんを見ているのに、何だか気付かれていて恥ずかしい。
俺に何か用? だなどと尋ねてくる真波くんを誤魔化すためにいろいろ思考したけれどこれといった言い訳が見つからないから正直に答えた。
「真波くんって意外と筋肉質なんだなって。やっぱりロードレースって過酷なスポーツなのね」
「あはは……そうだね。一応これでも、オトコノコだし?」
別に、彼を女の子みたいだとか思っているわけではない。笑顔は可愛いし、行動も憎めないから上級生には人気が高いんだけれど、私から見える彼はれっきとした男の人で。ちゃんとした、恋愛対象にもなって。だから、きっと目で追ってしまうんだ。私は真波くんが好きだから。
じっと真波くんの左腕を眺めていたら、唐突に尋ねられる。
「触って、みる?」
「えっ」
「だって、そんな顔してるから」
「そんなって、どんな……」
「俺に触れたいって顔」
「そんなことっ」
「ないの?」
なんでそんな簡単に、そんなことが言えるんだろう。いつもいつも思うんだけど、真波くんはとってもずるいひとだと思う。
そんなこと、ないわけがない。私はいつだって真波くんの手に、腕に触ってみたいと思っていたし、隣の席になってからは居眠りする彼の組んだ左腕がすぐそばにあって、いつだって機会を伺っていたのだから。
「……」
彼の思い通りになっているようでなんだか癪だけど、私はそっと手を伸ばして、真波くんの腕に触れた。思った以上にごつごつとしていて、やっぱり男の子なんだなあって思う。
「なんか、照れるね」
「真波くんが、触ればって言ったんじゃない……」
「うん。でも、やっぱりドキドキする」
浮かべた照れ笑いに、そんな顔もするんだと少し驚いた。流石の真波くんでも、女の子を相手に緊張とか、するんだ。たとえ私が相手でも。
「さんだから、だよ」
「え?」
「ほかの人に触れられても、別に緊張しないし」
「ほかのひとって……」
「東堂さんとか」
それって男の先輩じゃない。呆れてそう口にすれば、真波くんは「そうだね」と笑った。
「でも、さん以外の女の子に触って欲しいとか思わないから」
「……ッ」
どうして、恥ずかしげもなくそんなこと言えるのだろうか、真波くんは。
咄嗟に周りを見回して、他の人に聞かれていないか確認する。皆それぞれ雑談で盛り上がっていて、教室の片隅で過ごしている私たちには興味もない様子。
良かったと胸を撫で下ろすと、そんな私を見ながらまた真波くんは笑う。
「ほんとは気づいてるんでしょ、君が俺を見てるのと同じくらい、俺も君を見ていたってこと」
「!」
最初は、自由気ままな子だなって思って見ていた。そこに恋心は存在していなくて、ただ興味の対象だった。
私が真波くんを見ていたように、真波くんも私の方を見ていた。時々目が合うのは気のせいだと思い込むようにしていたけれど、こうして本人の口から聞かされると認めざるを得ない。
「……真波くんは本気で私を好きなの?」
「うん」
「なんか本気に思えないんだよね……真波くんの言葉って」
「酷いなぁ」
ほんとのことでしょ、と言えば、真波くんは否定はしないよと言って笑った。
「じゃあ、俺が本気だって証明してあげるよ」
「証明?」
どうやって?
私がそう尋ねると同時に、真波くんの腕が私の方へと伸びてきた。机の上に置いていた手に、真波くんの指が触れる。熱い。
「え、ま、真波くん……!?」
「ほら、こっち」
真波くんが私の手を取って、自分の胸に押し当てる。ドクドクと脈打つ鼓動に驚いて顔を上げれば、真波くんの表情はいつも通りニコニコとしていたけれど真っ赤だった。それが猛暑のせいだけじゃないのは一目瞭然で、私の心臓も連動しているみたいに早くなる。
「ね、わかってくれる?」
触れた指先があつくって溶けてしまいそうで、私はこの状況から早く逃れたくて真波くんの言葉に激しく頷いていた。
真波くんが「良かった」「これからも宜しくね」などと口にする。告白してもいないのに何故か付き合うことになっていて何だか流されているなあと思ったけれど、きっと奔放な真波くんに私が敵うわけはないので諦めることにした。