夏祭りに行こうぜ、と純太に誘われた。インターハイが終わって残りの夏休みを満喫しようという腹らしく、特別な予定もないので俺はこれを快諾した。別に家にいてもアイス食べたりゲームしたりだとか、それくらいしかすることがないのだ。自転車には毎日乗っているけれど。
「あ、来た来た」
「……!」
純太に言われた通りの待ち合わせ場所に着くと、そこには同級生の男女が数人集まっていた。俺はあまり関わったことのない人たちで、狼狽える。だってその中には、
「こんばんは、青八木くん」
「……望月」
俺の意中の人がいたから。
「よう、時間ちょうどだな!」
「……純太」
俺はてっきり、純太と二人だと思っていて、純太も他の人が、望月莉星が来るなんて一言も言っていなくて。困惑と不満に純太を軽く睨めば、純太はこっそりと片手を上げて「ごめんな」とジェスチャーで示した。そして他に気づかれないように耳打ちする。
「今日はちゃんとキメろよ、青八木!」
「!!?」
俺の肩を叩いて純太は輪の中に入って言ったけれど、今の発言で俺の頭は「屋台で何食べよう」から「どうやって望月に近づこう」に変わった。心の準備なんかできているわけがない、純太の馬鹿野郎。
「青八木くん?」
「! あ、ああ……何」
落ち着かない心を何とか鎮めようと奮闘していると、横から望月に話しかけられて顔から火が出そうになった。もう既に心臓が止まりそうだ。どうやって話しかけようかと考えるまでもなく望月の方から話しかけてくれるなんて、それだけで天に昇りそうだ。いや、死ぬ訳じゃないけど。
他の女子と決めてきたのか、女子は全員浴衣だった。でもやっぱり惚れた欲目と言うのか、望月が一番可愛く見えて、直視できなかった。それでも望月が俺の顔を覗き込んでくるので、これは新手の拷問かも知れないなどと考える。
「青八木くんは何食べる? ご飯は食べてきた? どこから見る?」
「いや……えっと、」
矢継ぎ早に望月が質問してきて、俺は圧倒される。そんなにいっぺんに聞かれても、何から答えていいのかわからない。
「夕飯は……食べてない、腹減ってる。焼きそばとお好み焼きは食べたい……かな」
「いつも学校のお昼休みもたくさん食べるもんね、青八木くん」
俺のつまらない答えにも笑って返してくれる望月が好きだ。
いつも下ろしている髪が今日は浴衣に合うように高く結い上げられていて、普段は隠れているうなじが見えてドキドキする。なんか俺変態みたいだなとか思って、でも誰にでもそんなこと思うわけじゃないし、好きな子の浴衣姿なんて緊張しない方がおかしい。
純太は自然とグループの中心にいて、他の連中にしきりに話しかけたりして俺と望月に視線がこないようにしてくれているようだった。相変わらず、気を利かせすぎだ。いつか純太に好きな人が出来たら俺も協力しようと思ったけど、そもそも他人とコミュニケーションをとることが不得意な俺が力になれることなんてなかった。
「私はねぇ、りんご飴かなぁ」
「!」
いろいろなことを考えていて、望月の声に現実に引き戻される。そうだ、屋台の話をしていたんだった。せっかく望月と一緒にいるのに他のことを考えるなんて勿体ない。
「……それもいいな、俺も食べたい」
「じゃあ後で一緒に買いに行こうね」
自然な感じで望月が「一緒に」と言ってくれて、心の中で飛び跳ねながら喜んだ。でも無表情で無口な俺は、ただ淡々と頷くだけ。だから俺の喜びが望月に伝わるはずもなく、少しの間を置いて彼女が慌てて口を開いた。
「あっ、勝手に決めちゃってごめんね……私じゃない方がいいよね? 手嶋くんと一緒に来たかったんだろうし……みんなと、」
「い、いやっ」
まさか、そんなことあるはずがない。
「純太は皆と一緒にいるし、俺、グループ行動苦手だから……望月が一緒に回ってくれたら、う、嬉しい」
何とか言えた。望月はホッと安堵の表情を浮かべたが、遠まわしに告白したようなものだとわかっているんだろうか。
「私も、青八木くんと一緒にお祭り回れて嬉しいな」
「っ!」
真っ直ぐ前を見ながら望月がそう言って、反射的にそちらを見た。立ち並ぶ屋台が放つ明かりに照らされた望月の頬は赤みが差していて、俺はつい期待してしまう。もしかして、なんて、淡い期待に胸を膨らませる。
気づけば純太を含むグループは視界から消えていて、周りの人が増えてきた。すれ違った人に望月がぶつかって、よろけるのを支えようと手を伸ばせば、不意に彼女が俺の服の裾を掴んだ。
「ねぇっ……花火、も、一緒に見てくれる?」
一瞬何を言われたか解らずに目を見開く。いいよ、とすぐに言葉が出てこなくて、息を呑む。こういう時はどうすればいい? 助けを求めようにも純太はいない。
「……」
結果、小さく頷いて了承の意を伝えるしかできなかった。
「……良かった」
それでも望月は笑って喜んでくれるから、
「キメろよ、青八木」
純太の言葉を思い出して、俺は意を決する。
「あ、焼きそばあったよ。買ってくる?」
「ああ……買う」
花火の後に言う台詞を、焼きそばを食べながら考えることにしよう。