どれだけ薄着になっても暑さはどうしようもない。こんな日には童心にかえって水遊びでもしたいなあと思ったところで、そんな相手になってくれる人もいない。
じわじわとコンクリートを焼く太陽をサングラス越しに恨めしげに睨む。と、突然私の頭上に影が差した。
「」
「わ……は、はじめちゃん」
ぬっと顔を出した人物に少し驚きつつその名を呼べば、はじめちゃんこと幼なじみの青八木一くんは、うっすらと唇に笑みを湛えて小さく頷いた。そして手にしていた大皿を差し出してくるので、サングラスを外して皿の上に乗っているものを見て私は目を瞬いた。
「何……あっ、スイカだ!」
「の母さんから」
はじめちゃんが私にスイカを一切れ取ってくれたので礼とともに受け取ってかじりつく。瑞々しく、爽やかな甘さが口の中に広がっていく。
「美味しい」
「そうか、良かったな」
そう言ってはじめちゃんが私の隣に腰を下ろす。ベランダに生い茂った雑草の隙間でバッタが跳ねるのを見ながら、暑いね、ああそうだな、なんて言葉を交わす。
「どこか遊びに行きたいな」
「どこかって、どこだ」
「どこでもいいよ、涼しいところがいいな」
足をばたつかせながら、手うちわで顔に風を送ってみるけれど全く涼しくはならなくて。あまりの暑さに地を這うようなうなり声を上げ始めた私に、はじめちゃんがぽつりと呟いた。
「じゃあ、行くか?」
「え……行くって、どこに?」
私より後に食べ始めたはずなのに気がつけばもうスイカを食べ終えていたはじめちゃんは、急に立ち上がり、口角を更に上げた。こんなに笑うはじめちゃんは久しぶりに見た気がする。太陽を背負って、もともと明るい彼の髪が更に輝きを増していた。
「海だよ。プールでも、いいけど」
遊びに誘われたのは何年振りだろう。はじめちゃんのことだから、てっきり「図書館にでも行くか」と言うと思ったのに、全然違った。それはまるで、
「デートみたい……だね」
「みたいって……そうじゃないのか?」
少し困惑気味に首を傾げるはじめちゃんは、当たり前だろみたいな顔で私を見た。こんなはじめちゃん私は知らない。
「わかった……」
「?」
「高校デビューして、女の子と遊びまくってるんでしょう、そうなんでしょう」
私とはじめちゃんは学校が違うから。とても素敵な友達が出来たことは聞いているけど、久しぶりに会ったはじめちゃんがこんなにも変わっているんだから、その要因は学校にあるはずだ。特定の子はいなくても、きっと。
「の言ってることはよくわからない」
「! だからぁ」
「俺は今、を誘っているんだが」
はじめちゃんが笑顔をやめて、いつもの無表情で私の疑念に対する答えを口にする。
「以外の女子と遊んだことはない。マネージャーを含む、部の連中と出掛けたことがあるくらいだ」
はじめちゃんは嘘をつけない。だからきっとこれも本心で、ほんとうのこと。
「俺もと遊びに行きたい。だから誘った。が嫌なら仕方ないけど」
「い、嫌なんで言ってないじゃない」
「じゃあいいのか?」
はじめちゃんが真っ直ぐに私の顔を覗き込むから、私は小さく二度頷く。顔があっついのは、きっと夏のせいだけじゃない。
「でも海行きたいなんて意外だな。昔は泳ぐの得意じゃないから水辺には行かなかったのに。泳げるようになったの?」
「の水着が見たい」
「……!!?」
はじめちゃんは意外と本能に忠実。実はそういうところも結構好きだったりする。
「可愛い水着持ってないよ……体型も中学からあまり変わってないし、期待しないで」
「? が着たら何だって可愛い」
「どこでそんな言葉覚えてきたの!?」
気障な台詞もはじめちゃんが言うと童話の王子さまみたいで、私もまるでお姫さまになったみたいに錯覚させてくれる。
「楽しみにしてるから」
とりあえず明日の予定が決まった。