Story

    眩しいよマイヒーロー




    ※ フリージャンル夢企画「利き夢」様に提出させて頂いた作品です。


     小さい子供のように泣き喚いたって、誰も助けてくれないのなんてわかってる。
     もう高校生なんだから自分で何とかしなさいって大人扱いされたり、ちょっと背伸びをすれば子供のくせにって言われて、どうしていいのかわからない。この世界は理不尽と矛盾で出来ていて、それでも世界は回るから、私はこの気持ちを処理できずに困ってしまうのだ。それならいっそ私の呼吸も、人々の歩みも地球の回転も、全部全部止まってしまえばいいのに。そんな風な、まるで厨二病みたいな考えに自嘲に似た笑いが零れる。笑えない。けど、笑うしかないこの現状。

     あーあ。

     溜息を吐きながら屋上に寝転んだ。空は青く、日は高く、眩しすぎる太陽が燦々と私を照りつける。
     開け放たれた三階教室の窓から、授業を進める教師の声と紙とペン先が擦れる音、それから時折楽しげな笑い声が聞こえてきて、悔しさと羨ましさで表情が歪む。目を瞑って、瞼の裏で楽しかった頃を思い浮かべる。そういえば、いつから私は笑えてないんだろう。

     いいな、いいな、みんな楽しそうで、いいな。

     私だってみんなと一緒に授業を受けたいし、楽しく過ごしたい。だけどよく考えなくてもそれは極々当たり前なことなのに、その当たり前のことが出来ていない私は一体何なんだろうと思う。学校という狭い世界でひとりだけ取り残されてしまったみたい。ハサミで切り取られたようにぽっかりと心に穴が開いて、それを埋めるための代用品が見つからない。そんなこと羨んでも仕方ないのはわかっているけれど、だからといって諦めたり開き直れるかと問われればそんなことはありっこない。私はまだ、そこまで冷めた人間ではないのだ。
     耳に張り付く楽しげな声を聞きながら、気持ちの良い風と春の穏やかな陽気に誘われて次第にまどろんでいく意識の片隅で、少し前の自分が恨めしそうに唇を震わせた。

     私は、悪くないのに。



     授業なんて初めから出る気などなく、ただ屋上を陣取ってひたすら惰眠を貪る私に誰かが声をかけてきた。

    「おーい、もしもーし」
    「……?」

     間延びした声。薄っすらと目を開くと、太陽のほかに目に痛いほどの赤色が視界に飛び込んできた。やや数秒かけてぼやけた視界が段々ハッキリしてくると、その人物の顔が認識できた。見た事のない、当然話したこともない男の子だった。

    「……誰?」
    「一年、自転車競技部の鳴子章吉でっす!」
    「ああ……」

     なるほど、一年生か。それなら見た事のない顔なのも頷ける。

    「そのナルコショウキチくんが、何の用?」

     上半身をのっそりと起こして、鳴子くんに視線を向ける。元気で活発そうな子ではあるが、誰彼構わずに声をかけるなんてことはしないだろう。

    「ワイ、授業終わって真っ直ぐ屋上来たんですけど、先輩いつから居てはるんですか?」

     折角一番乗りーって思うとったんですけど。なんて少しつまらなさそうにする幼い思考の彼に、まあそれは申し訳ないことをしたと思ってもいない謝罪を口にした。

    「それはごめんね。私、授業出てないから。ずっとここにいたの」
    「? 先輩はフリョーなんですか?」
    「不良、か」

     端から見ればサボりに違いはない。私はサボリ魔で、不真面目で、不良娘。そういうレッテルを貼られても可笑しくはない。でも、例えそうだとしても。

    「好きでこんなことしてるわけじゃ、ない……」
    「……?」

     鳴子くんは少しだけ訝しげな表情で私を見た。それはそうだろう。新入生相手に何を言っているんだろうと自分でも思う。ごめんね、変なこと言って。そう告げて場を離れようとした私を引き止めたのは、他でもない鳴子くんだった。

    「よう、わかりませんけど」
    「……」
    「ただこの状況は、先輩にとって不本意っちゅーことやろ?」

     先ほどまではニコニコと穏やかな表情を浮かべていた彼は、一変して真剣な眼差しを私に向ける。肉食獣を彷彿とさせるその姿に、私は息を呑む。抗えないと、思ってしまった。高校入学したばかりの、まだあどけない少年に。

    「……どうしていいか、わからないの」

     そもそもどうしてこうなってしまったのか、私にだって解決の糸口が見つからない。
     何が原因でとか、そんなことは最早どうでもいいことで。些細なことで、仲の良かったグループから孤立した。幸いこの学校で悪質で陰湿な典型的ないじめなんかは無かったけれど、それでも悪意を向けられるのは恐ろしい。今まで一緒にいた子達から、蔑んだ目で見られるのは耐えられない。私はそんなに出来た人間じゃないから。
     二年から三年への進級時は、クラス替えがない。だからこそ不安なのだ。教室に入った瞬間に、体中に突き刺さる視線。それを想像しただけで足が竦んで、後一歩が踏み出せない。去年の三学期後半から、新学期明けても未だにクラスへ入れないのはそのせいだった。

     掻い摘んでぽつりぽつりと事情と共に弱音を漏らせば、鳴子くんは無言のまま考え込むように私の話を聞いていた。一年生に何を話してんだろう、私。しかも、そんな人間関係の闇なんかとは縁の無さそうな子なのに。

    「先輩はクラスに戻りたいんすか?」
    「……授業が嫌なわけじゃないし、クラスメートが嫌いなわけでも、ないもの」

     出来るなら和解したい。そういう思いを抱えたまま、四月も終わりが近い。時間が経てば経つほど教室に入りづらくなるし、気まずくもなる。元々自分の感情や意見を出すことが不得意な私は、どうしても尻込みしてしまっていたのだ。それでも、目の前の彼――鳴子章吉は何でもないことのように言う。

    「ほんなら、ワイも一緒に行きましょか」
    「え……」

     目を丸くして、ニカッと笑う彼を見つめる。

    「そんなん気にしてるの、自分だけとちゃいますか? 案外周りは何も思ってへんですよ」

     太陽を背負って微笑む鳴子くんに、目を細めた。眩しくて顔がよく見えなくて、それでもやけに彼の周りが輝いて見える。

    「悪いことなんもしてへんのに、こんなとこで一人でいても仕方ないで」

     そう言って差し出される手。取るのを躊躇っていたら、鳴子くんの方から手を伸ばしてきてぐいっと掴んだ。

    「失敗したらワイが慰めてあげます」

     独特のイントネーションでそう口にした鳴子くんは、多分お昼ごはんを食べにここへやって来たはずなのに私の手を引いて校舎の中に入ろうとした。掌から伝わる熱と彼の笑顔の眩しさに視線を背けると、私は自身が彼に名乗っていないことを思い出す。

    「私、私の名前、って言うの」

     小さな声で何の脈絡もなくそう伝えれば、鳴子くんは私を振り返って、やはり笑顔で言うのだった。

    「ええ名前ですやん」

     他の連中にも教えたらなアカンな。
     おどけたような言葉とは裏腹に手に込められた力を感じて、私も強く強く握り返す。

     気がつけばもう、不安はなかった。

    End.





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