Story

    すきなものぜんぶ




    ※ オールジャンル夢企画「夢めくり」様に提出させて頂いた作品です。


     昔から、誕生日がくると新作のゲームがひとつ増えた。
     一人でいることが多かったから、親戚の集まりなんかの出先でも一人用の携帯ゲームでひたすら時間を潰した。俺にはそれしかなかったから。
     中学に上がって、ロードバイクというものに魅せられてからはどんどんそれにのめり込んでいって、ゲームの時間は減った。ロードを買ってもらった分、その後数年間は誕生日やクリスマスにプレゼントを貰うことはなかった。それでも部品や自転車関係の雑誌なんかは小遣いの内で買えたし、結局「今年は何が欲しい?」と聞かれた俺の口から出るのは気になっていたゲームのタイトルだけだった。

    「ねえ、プレゼント何が欲しい?」

     今日の朝、親に聞かれたのと全く同じ台詞を口にするクラスメイトの。彼女でも何でもないけれど、一年の頃に隣の席になってから何かと話しかけてくれるようになって、親友の手島純太を交えて談笑するような関係でもある。しかしただそれだけだ。
     どうしてがそんなことを聞いてきたのかが解らずに答えあぐねている俺に、は眉を下げた笑顔でもしかして忘れてた? と尋ねて来た。別に忘れてなどいない。自分のことに無頓着と思われている節のある俺だけど、意外とそういうことは気にしていたりする。純太や田所さんに朝会ったときにすぐ「誕生日おめでとう」と言ってもらえたのだって嬉しいし、帰ってから親が買っておいてくれるであろう新作ゲームをプレイするのも楽しみだ。だからがこうして俺の誕生日を覚えていてくれたのは本当に嬉しいのだけど、唐突にプレゼントと言われても困ってしまう。プレゼントは間に合っているし、純太だって「これプレゼントな」と言って冬季限定のお菓子を寄越したくらいだ。

    「別に、要らない……」
    「青八木君てば欲ないのねぇ」
    「……」

     欲はあるさ、それなりにな。だけどそれはただのクラスメイトに求めるものじゃないし、そこまで図々しい性格はしていない、と思う。彼女の俺に対する認識がどうかはわからないが。

    「から何か貰うほどじゃないってだけだ。気持ちだけ、受け取っておく」

     そう言いながら自分の席に着く俺に、は後ろでフフッと小さく笑う。一体何なんだろう。彼女の考えることは、俺にはよくわからない。

    「でも私、何かお祝いしたいなあ」

     その言葉に、内心とても期待しながら俺は、聞こえないフリを決め込んだ。



     母親が夕飯はロールキャベツって言っていたことと、誕生日プレゼントの存在がずっと脳裏にあって、今日は真っ直ぐに家に帰ろうと思っていた俺を呼び止めたのはだった。

    「ね、少しだけ時間作れない?」

     教室でそれなりに話すことはあっても、と校外で会うことはなかった。ましてや、純太もいない、二人きりでだなんて。

    「……別に、いいけど」

     人の良さそうな笑みを浮かべながら良かったと口にするの顔を伺うが、やはり俺にはわからないことだった。どれだけ考えても俺に他人のことが理解できるはずはないので、そのうち考えること自体を放棄した。まあいいかと、なるようになるかと思いながら。
     に連れられてやって来たのは、小洒落たカフェだった。純太が好きそうだなと思いながら案内された席に着くと、が「ここね、この間手嶋君に教えてもらったの」と言った。やっぱり純太が好きだと思った俺の考えは外れてはいなかった。けど、その言葉に違和感を覚える。

    「純太に……純太と、来たのか?」
    「うん」

     初耳だ。純太も、そんなこと言わなかったのに。その時俺は一体何をやっていたのだろうか。わからない。普段から純太とはよく一緒にいたが、と何かしているとか、そんな素振りはなかったと思うのだけど。何だか疎外感。

    「……」
    「あ、ごめんね、内緒にしてたわけじゃないんだけど」

     取り繕うようにが口にするので、俺は彼女を真っ直ぐに見た。少し、面白くない気持ちは確かにあったので、いつも以上に目つきが悪くなっていたかもしれない。俺が怒っていると思ったらしいが何度もごめんねと口にするので、もういい、と素っ気無く返す。もう少し言葉を選べないものだろうかと、言葉を放った後で自己嫌悪した。
     これから帰って夕食を食べることを考えて、オレンジジュースを頼むに倣って俺もメロンソーダだけにした。別にこんなカフェで軽食を食べたくらいで晩飯が入らなくなるようなヤワな胃袋はしていないが、今日はまあ、別だ。
     が店員に二人分の注文をして、その声を聞きながら視線を窓の外へ移す。むっとした表情のまま、頬杖をついて街並みを眺める俺をが呼ぶ。

    「青八木君青八木君」
    「……?」

     視線を彼女の方へ戻し、何、と言葉には出さずに無言で続きを促す。少しだけ視線をテーブルに落としたは、やがて意を決したようにブレザーのポケットから一枚の紙を取り出した。よく見ればそれは小さな封筒で、女の子が好きそうなレターセットの可愛い柄のもの。

    「私ね、お手紙書いたの」
    「え?」

     何の脈絡もなくの唇から放たれた「お手紙」。何のことかさっぱりで、俺の脳内で疑問符が飛び交う。
     そこで店員が飲み物を運んできて、気まずさを打ち消すようにストローに口をつけた。

    「青八木君、プレゼント何も要らないって言うから。でも私はお祝いしたいし、お金かからないからこれならいいかなあって」

     恥ずかしそうに言いながら、ごそごそと封筒の中から便箋を取り出す。これは、今から読むということなんだろう。何だか照れ臭い。

    「青八木一君へ」

     の優しい声が耳に届く。緊張しているのか、手紙を支える指が震えているのに気づいて俺まで緊張した。



     青八木一君へ。

     お誕生日おめでとう。それから、自転車部の副キャプテン就任も、おめでとう。私は自転車のことあまりよくわからないけど、手嶋君と青八木君のことを応援しています。だから、来年も同じクラスになれますようにって密かに願ってたりします。

     私が青八木君と仲良くなったのは一年の二学期で最初の席替えのとき、隣の席になったからだったよね。隣の席になっていきなり喋りかけた私を、青八木君はどう思ったかな? 馴れ馴れしいやつだって、思っているかも知れません。だけど私は、もっと前から青八木君のことを見かけていて、ずっと近づきたいって思ってました。ロードバイクに乗って登校する青八木君が格好良くて、話せたときは本当に嬉しかった。

     前にロードレースを見たいと言ったら、二人に恥ずかしいから来なくていいと言われてしまって、何だか悲しい気持ちになったこともあります。冷やかしなんかじゃ
    なく、ただ応援したかった。だから、実は何度かこっそり見に行っていました。気がついてないでしょ? 遠くから、表彰台に上る君を見ていました。

     夏の合宿でインターハイに出られなくて悔しい思いをしていた青八木君に、私は何て声をかければいいのか全然わからなくて、悲しかった。ただのクラスメイトの私には、何かを言う資格なんかないと思ったから。だから私は、来年はもっと近くで青八木君のことを応援できたらいいのになって思いました。

     今年のインターハイは、私も応援に行きたいです。
     一番近くで、君が走る姿を見ていたいです。



    「私は青八木一君が、好きです」
    「……!」

     最後は、目を真っ直ぐに見て言われた。読みながら一年時のことやらを思い返していたのだろうの目は赤く、俺は酷くうろたえてしまっていた。

    「あ、……」

     名前を呼んで、咄嗟に上げた右手はどこに触れればいいのかわからない。頭を撫でればいいのか手を掴めばいいのか涙を拭えばいいのか。どれも不正解にしか思えなくて、彷徨わせた末、膝の上に手を戻す。
     告白されたのは初めての経験で、正直飛び上がるほど嬉しい。だって俺もが好きなんだ、とすぐに言葉が出てこないのは、普段から自分の感情を表に出すことに慣れていないからだろうか。
     返事をしない俺に、が不安そうに視線を向ける。恥ずかしさで顔を赤くして、泣きそうに鼻を啜る。何か、言わなくちゃ。そう思って

    「俺は、欲望だらけだと思う」

     なんてことを口走っていた。当然は目を丸くしてこちらを見る。だけどこれだけは知っておいて欲しい。が俺を誤解したまま好きになっては、いけないから。

    「は俺に欲がないって言っていたけど」

     朝から誕生日プレゼントのゲームのことで頭がいっぱいだし、早く夕飯のロールキャベツが食べたいなとか、そんなのばっかりだし。何度かロードの大会で優勝はしたけど、そんなんじゃなくて今年のインターハイは絶対に一番を取るぞと意気込んでみたり、また純太やと、三人同じクラスになれればいいのになって思ったり。
     それとか、

    「最初ににプレゼントの話されたときも、期待はしてた」

     無表情で外見がクールなのと、中身はイコールじゃない。こんな俺でもが好いてくれるのか、言わなければ良かったなと思ったけれど、付き合ってからがっかりされるのも嫌だ。
     打ち明けてからの表情を伺うと、きょとん顔で目を瞬いて、なあんだ、と笑った。

    「私も欲まみれだから、一緒だね!」

     私だってまた青八木君と同じクラスになりたいし、青八木君の応援したいし、青八木君と付き合いたいし、青八木君に触れたい。

    「ね?」
    「……それ、俺が嬉しいだけだ」

     つまり、の頭の中は既に俺でいっぱいだということ。そう思うととても恥ずかしいけれど、物凄く嬉しい。

    「プレゼント、いらない?」
    「……俺がもらってもいいなら、遠慮はしない。ありがとう」

     手紙だけじゃ、ないよな? 確認の意味を込めて尋ねると、は目を赤くしたまま嬉しそうに頷いた。

    「プレゼントは、わたし」

     最早ネタにしかならないそんな言葉に苦笑しつつ、俺は彼女の手をとった。



     帰って彼女を紹介したら、両親はどんな顔するだろう。でもまあ、いいか。今は、この手を離す気にはなれないから。

     今日は好きなもの食べて、好きなことやって、大好きな彼女と過ごそう。

     心が満たされて、今日は何やっても許されるような気さえしていた。

    End.





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