告白して、振られたらしい。
目の前でどんどん溢れてくる涙を拭いながら、嗚咽混じりにそれだけ言った唯一の女友達に、俺はかける言葉を探して視線をさまよわせる。相手は誰だなんて詮索はしない。ただ、彼女本人に気づかれないように俺は安堵の溜め息を吐くばかりだった。
「こんなことなら、告白なんてしなきゃ良かった」
「……」
相手に好意を伝えることは本当に勇気の要ることだと思う。俺自身が勇気のない臆病なやつなので、は本当にすごいと思う。
それに、
「いつまでも脈のない相手を追ったってしょうがないだろ」
「……わかってる、けどっ」
そうだ。がいつまでもあんなやつを追いかけていたら、俺が困るんだ。いつになったらお前は俺の方を見るんだ。俺の気持ちに気づいて、なんて心の底で願っていても、は純太とは違うから俺の僅かな恋心になんて微塵も気づくはずなくて、俺はいつだって空気のように彼女の側に居座っている。
「次がある」
「うん……ありがとう、はじめ」
次がある。次こそは、俺を見てくれ。
幸せを感じるのは次第だから、俺が君を誰よりも幸せにするなんて確約など出来るはずも無いのだけれど。それでも、俺が誰よりも君を愛してあげるから。
だからも、どうかこっちを見て。
「わたし、手嶋くんが好きかも」
「…………」
ある日の放課後。誰もいない教室でそんな報告をされて、俺は部活前の腹ごしらえにと食べていたパンをゆっくりと口元から離し、視線をへと向けた。
それは、俺がこの世で誰よりも、彼女の口からは聞きたくなかった名前。誰よりも俺が信頼して、誰よりも側に居てくれた相棒。なんで、なんて聞かなくてもわかる。あいつは俺の近くにいて、即ち俺以外で最もの側にいた存在で。自分の友人である俺の親友。彼女にしてみればそういう立ち位置にいる純太は、よくの相談にも乗ってくれていた。口下手で恋愛慣れしていない俺のかわりに、たくさんの意見を出してくれた。友達としての認識しかしていない俺よりも、惹かれるものは大いにあると言える。
純太は俺がを好きなこと、気づいているかいないかは定かではないが俺の口からは伝えてはいない。もし気づいているなら、あいつのことだから俺に遠慮して断るだろうか。気づいていないなら、付き合うことになるのだろうか。が振られたら、また振り出しに戻る。そうやってずっとの恋が失敗すれば良いのにと思ってきた最低な俺だけれど、今回ばかりはそうも言っていられなかった。
「ダメだ」
「え……?」
耐えられるはずがない。純太とが付き合おうが、純太にが振られることになろうが、どちらにせよ、俺にとっては辛い結果にしかならない。
俺は純太の側で笑うを見たくないし、俺との間で純太を困らせたくはないし、が純太に泣かされるのも見たくはない。俺が大して知らない男に振られたを見るだけでもあんなに辛かったのに、俺だってこれ以上傷つきたくはないんだよ。なあ、。
「純太は、ダメだ」
「えっ、と……」
真剣な目でを見つめると、彼女は明らかな戸惑いを顔に浮かべた。
「もしかして、手嶋くん、好きな子がいるの? か、彼女とか……」
は青い顔で、弱々しくそう尋ねた。俺は手に持っていたパンを机の脇に置いて、その問いかけには小さく首を振って、意を決して口にする。
「純太に好きなやつは、多分、いない」
「え、じゃあ……」
ダメなんだよ、。が純太に告白したら、どう転んでも俺は君の側にはいられない。でも、今から俺が伝えようとしていることを考えれば、それも同じことだ。しかし、一番後悔が残らない最善だと、思った。
いつもなにも言わずにいた、彼女から見れば応援していると思っていただろう俺の否定的な言葉に戸惑うの机の上に置かれた手を、上から握る。
「俺がを好きだから、ずっと好きだったから、と純太が一緒にいるところを見るのは辛い」
「……っ!」
が息を飲む。明らかに動揺していた。
知らなかっただろう? 思いもしなかったんだろ? 俺には恋愛は無縁だなんて、そんな風に勝手に思い込んでさ。なんて残酷なんだろう、君は。
それでも俺は、誰よりもが好きなんだ。
「が純太を本気で好きなら、俺は諦める。でも俺は、同時に純太とチームであることも止めることになる」
「あ……」
脅迫だ、こんなの。でも、言わずにはいられない。部活と恋愛は関係ないって思ったところで、簡単に割り切れるわけがない。純太を見る度にの顔がちらつくなんて、耐えられない。純太の前で俺の知らない顔をするなんて、想像しただけで死にそうだ。
「きっと世界中の誰よりを好きなのは俺だよ」
惚れっぽくて、告白しては振られて泣いて、次の恋を探す強い。俺のことなんか眼中になくて、「これからも友達でいてね」なんて言葉で縛り付けて。でもは、何度となく告白してきたけれど、告白されたことは無いだろ。俺の一世一代の大博打、どう返してくる?
「はじめ……わたし、すごい酷いことしてたんだね」
「気づくの、遅いだろ」
「ごめん……」
目に溜まった涙を拭い、が俺を真っ直ぐに見る。のそんな顔を見たのは初めてだった。
「わたし、誰よりも近くにいたのに、誰よりもはじめのこと、わかってなかったんだね」
もう一度、ごめんねとが謝罪を口にする。もういいよ、俺が聞きたいのはそんな陳腐な言葉じゃない。
「はじめがいなくなるのは嫌だから、手嶋くんはやめる。でも、はじめのことはずっと友達だと思ってたし、すぐには考えられないから……」
純太への想いも、まだはっきりと恋と呼べるものではなかったのだ。それくらいで諦められるような恋を、彼女は何度もしてきた。何度も何度も何度も、好きになっては傷ついての繰り返し。けど俺は、最初からしか見てない。何度も何度も何度も、傷ついたを見て傷ついてきた。少しくらい報われたいって思うのは、そんなに悪いことじゃないはずだ。
振られる。そう覚悟して俺が伝えた思いを、はちゃんと受け止めたうえで更にこう言った。
「でも、私のこと、嫌いにはならないでください……」
「!」
小さく消え入りそうな声で呟きつつ、頭を垂れたに唖然とする。何を言っているのだろうか、彼女は。
「今更俺がを嫌いになるはずないだろ」
「……ありがとう、はじめ」
ちゃんと考えてみるね、と言ったの頬が赤かったので、俺はほんの少しだけ期待した。それは涙のせいだけじゃないと、思いたい。