Story

    愛を詰めました





     彼女が大晦日の夜から母方の実家に行っていると言うので、まあそれならと初詣は部活の連中と一緒に行った。

    「一、この後どうすんの」
    「ん……」

     末吉と書かれたおみくじを眺めながら純太がそう言ってきた。俺は無料配布されていた紙コップに入った甘酒を一口啜って、そうだなと口を開く。

    「家、帰って、雑煮食べる」
    「あー、そういや俺も、母さんが何か張り切ってたなあ」

     うちは大体、祖父母の方から来るので年末年始に家を空けることは少ない。その為、母親が朝から仕込みをしたりと何やかんや忙しなく動いている。年末の大掃除は手伝ったが、料理や家事は得意じゃないので、朝は早々に家を追い出されてしまったと言うわけだ。これから家に帰れば出来たての正月料理が待っているに違いない。

    「さんとは?」
    「おばあちゃんちに行く、って言ってた」
    「へー、だから今日は俺達と来たのか」

     純太が勘繰るように言ってきたので、素直に頷いておいた。去年までならそれが当たり前だったのに、少しだけ寂しく思うのは彼女と言う存在が大きい。てっきり元旦は一緒にいられるものと思っていたのだが、考えれば当然のことだ。正月はそれぞれの家庭で過ごし方が異なるのだから。
     小さく溜息を吐けば、しっかりと聞こえていたらしい純太が苦笑いを浮かべた。

    「まあ、メールくらいすればいいんじゃね?」
    「……」

     あけましておめでとう、くらいは、もう送ってある。それに対して返信はまだないけれど、どうせなら会って言いたかった。
     遠くの方で何やら鳴子と鏑木が騒ぎ出して、それに反応したらしい今泉の怒声と小野田の仲裁の声が聞こえてきて、純太と共に呆れながらそちらへ向かう。いつものことだが、こいつらと一緒にいると落ち着いて考え事も出来ない。

     昼近く、解散してそれぞれの帰路に着く。小野田と鳴子、今泉はこれから三人で飯を食うらしい。杉本兄弟はこの後家族と合流するそうだ。段竹と鏑木はどちらかの家で過ごすと言っていた。それじゃあ気をつけろよと純太が口にして、俺も念を押すように頷いて、後輩達の気の抜けた返事を聞いた後で純太とも途中で別れ、帰宅した。



     家に帰れば案の定、どんぶりで山盛り雑煮が出てきた。有無を言わせない笑顔で「どうぞ」と言われて、まあ腹は減っているので食べた。しっかりおかわりまでして。
     腹八分目で少し休んでから、暇だから散歩でもしようと再度家を出る。いつもなら適当に部屋でゲームでもしているところだったが、何となく今日は外に出たい気分でもあった。それならついでに福袋買ってきてとおつかいを言い渡されて、渡された数枚のお札を無造作にコートのポケットに突っ込んで歩道のない道を歩く。

    「あっ」
    「え」

     家から適当に駅の方に向かって歩いていると、短い声が聞こえてきて顔を上げる。驚いたようなその声の主は、もうずっと俺の脳内を占領している彼女、で。

    「、なんで」
    「えーっと、あのね」

     後ろ手に鞄を持ち、はにかんでが笑う。

    「あけましておめでとう、青八木君。ちゃんと会って言いたくて」

     帰ってきちゃった、とが照れ笑いを浮かべたが、「帰ってきちゃった」なんて簡単に言えるほど近くはないだろう。聞けば、早朝に俺が送信したメールを読んですぐに近い電車で帰ってきてしまったと言う。行動派すぎる彼女に呆れつつ、それでもとても嬉しくて、一緒に神社に向かった。俺は二度目の初詣。

    「神社ってベンチあるよね?」
    「? 多分、あった」

     あの面子的に座ってゆっくりするなんてことはありえないから特別気にかけてはいなかったが、座って飲み食いしたり談笑する家族やカップルもいたはずだ。しかしどうして、という疑問を投げかけようにもは相変わらず嬉しそうに微笑んでいるし、俺も彼女と一緒にいられるだけで幸せなんだから、そこに特別な理由は要らない。
     神社に着くと、は甘酒も参拝もおみくじも素通りして、奥のベンチへと向かった。今日のために急きょ設置された休憩所ではなく、神社裏の人気のない場所。

    「?」
    「あ、あの、あおやぎ、くん」

     戸惑いながらも並んで腰を下ろした俺に、は持っていた袋から小さな重箱を取り出した。

    「朝作ったおせち、たくさん作りすぎちゃったから、えっと、」

     綺麗に詰められたおせち料理は、彼女の渾身の出来なのだろう。電車に揺られながらも中身が寄らないように気をつけながら持ってきてくれたのだと思うととても愛しいし、嬉しい。

    「あ、そうだ時間!」
    「時間?」
    「お昼おうちで食べたよね? もしかしてお腹いっぱい!? 私気づかなくて、ごめんね!」

     が慌てて、重箱の蓋を閉めようとするので俺はその腕を掴んで止める。確かに今し方、母親の気合の入った雑煮をたらふく食べてきたところだが、それは関係ないことだ。どんなに満腹だったって、彼女の想いが篭った料理を食べないわけにはいかないし、箸が伸びないはずもなかった。

    「食べる。……食べる、から」

     二度も繰り返してそんなことを言えば、はホッとしたように息を吐いて、お重に割り箸を添えて俺に差し出してきた。
     煮豆や栗金団、伊達巻。母や祖母に教わりながら作ったというだったが、彼女は元々料理が得意だと言っていたし、前に一緒に弁当を食べたときに純太も絶賛していたくらいだから本当に上手なんだろう。俺は料理に詳しくないのであまりわからないけれど。それでも、箸で俺が料理を口に運ぶ様子をがじっと見つめてくるから、正直な感想を伝える。

    「そんなに心配しなくても、ちゃんと、美味い」
    「良かった……」

     心から安心したように目を細めてが破顔する。その顔が可愛くて、何よりも輝いて見えて、俺は箸を止めて、重箱を両手で抱えたまま顔だけを近づけて彼女に口付けた。

    「……え、あ、青っ」
    「なんか、したくなった」

     ダメだったか。ごめん。
     別に後悔も何もしていないけど何となく謝罪を口にすれば、は頬を染めて首を振った。ダメじゃないけど、驚いた、と。

    「おせち、美味かったけど、と会えた事の方が俺は嬉しい」

     空になった重箱を嬉しそうに仕舞いながら、じゃあ、とが口を開く。

    「このあと、うちに来てくれる?」

     私も一緒に過ごしたい。家のカギをちらつかせながらそんなこと言われて、断れるはずがない。
     俺は勢いのまま、力強く頷いた。

    End.





      Story