Story

    夢の続き





     男の子が頑張る姿って格好いいと思う。何でもいいんだ、何かに打ち込もうとするのは恥ずかしいことじゃない。だから私は全力で、頑張る君を応援していたのに。

    「引っ越すのかヨ」
    「うん」
    「こっから、遠いのォ?」
    「わかんない。でも、転校するって。だからもう、靖友くんの試合見に行けないね」

     グラウンドに備え付けられたベンチに腰掛けながらぶらぶらと足を揺する。部活後の後片付けを早々に終えた靖友くんは、見物していた私のもとへ真っ直ぐにやってくると、そんなことを言った。もう、簡単には会えなくなる。三年間ずっと同じクラスで、クラスメイトとして彼のことを応援してきた私。友達とか恋人とかのそんな枠にはまらない、きっともっと深くて浅い私達のつながり。靖友くんはつまらなさそうにむくれた表情を崩さず、荷物を抱えていない方の手で私の腕を掴んだ。

    「……帰んぞ。送ってく」

     夜、靖友くんは私のことを家まで送ってくれる。決して近くはないのに、送ってくれる。以前、早くバイクの免許がとりたいとこぼしていたのを思い出す。

    「ねぇ、バイクに乗れるようになったら会いに来てくれる?」
    「あァ?」
    「……だめ?」

     私の前を歩く靖友くんが振り向きざまに怖い顔をしたので、首を竦めながら尋ねる。靖友くんは長い溜息の後でダメじゃないと言ってくれた。

    「だめじゃナイけどォ……それよりも連絡手段は他にもあるんじゃナァイ?」

     靖友くんがそう言って、携帯画面を私に見せつける。あ、と声を出して、慌てて私も鞄を探った。

    「い、いいの?」
    「チャンがいいならネ」

     靖友くんのことは応援していたけれど、私たちは別に一緒に遊んだりだとかメールをするような関係ではなかった。私はただ野球に打ち込む彼が好きで、応援する私を邪険に出来ない優しい靖友くんっていうだけ。私達は別に、友達ではないのだ。けれど、この日を境に私は、私達は、メール友達という関係になったのだった。

    「じゃあ、またね」

     最寄りの駅で、私は手を振った。肌寒い初冬の季節。世間ではこれから受験シーズンだと言うのに、引っ越しだなんて私の両親は何を考えているのやら。しかも、引っ越し業者に頼まず大きなトラックに家財を全て積み込んで、母と父は車で先に荷下ろしをしているからお前は電車でおいでと交通費を渡されて一人で電車を待っているところに靖友くんが駆けつけてくれたのである。せっかく学校も部活も休みなのに、疲れているはずなのに。

    「連絡待ってるね」
    「ウン」
    「大会、結果は逐一教えてね。見に行けたら行くから、事前に場所も教えてくれたら嬉しい」
    「大丈夫、今までと変わらねェから」

     教室で交わした言葉のように、靖友くんは優しく言う。相変わらず物好きなやつだと。それから別にもう来なくてもいいからなんて言いながら、そっぽを向く顔はどことなく赤みがかっていて、多分それも本気じゃない。

    「行くからね、応援」
    「……あァ、期待しないで待ってるヨォ」

     溜め息混じりに靖友くんがそう言って、間もなく電車が入ってくる。私を受け入れるために乗車口が開いて、ゆっくり足を入れる。振り返り、いつものように歯を見せて笑う人相の悪い靖友くんの顔を眺めながら、私は手を振った。その手と同じように、靖友くんの輪郭も震えていることに気づいて、私は出発して生まれ故郷を離れていく電車の中で一人で泣いていた。

    End.





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