Story

    お礼は君の愛でいいよ−前編−





     まだ寝てる。いいのかな、もうすぐお昼休み終わっちゃうけど。誰も声かけない。三年になって格好良くなったけど、近寄りがたい雰囲気って今でもあるもんね、青八木君は。でも、きっと困るよね。今日だって部活あるだろうし、休み時間に手島君が来て今日の予定とか話してたもんね。それにしてもどうして手島君今日はお昼休みに来なかったんだろう。あ、何か一年生に話があるって言ってたっけ。

     四限目の数学の自習授業で、課題プリントを終わらせてすぐに眠りに就いてしまった青八木一君は、周りが騒いでいるのも気にせずに窓際で一人すやすやと夢の中だった。気持ち良さそうだなあと思いながらも私は、隣から話しかけてくるクラスメイトのせいであまり集中できず、結局ギリギリまでプリントをしていたのだけど。
     授業が終わって昼休みに入ってからちゃっかり自分の分のパンを買ってきた私は、未だ眠り続ける青八木君を横目に友人達との会話に耳を傾けながら教室の時計をちらちらと見ていた。彼はまだ起きないのかなとそわそわして、誰か起こしてあげてよ、と他人任せに思うのだけど、実際に彼があまりに気持ち良さそうに眠っているものだから、声をかけづらいというのは他の人にもあるのだろうか。また、私は今年初めて彼と同じクラスになったので、あまり会話もしたことがなくて困ってしまうのだ。
     休み時間、あと十分ちょっとしかない。

    「……あの、青八木、君」

     友達がトイレに立って、会話が途切れたのを見計らって青八木君に近づく。あまり話しをした事のない男の子に声をかけるのはとても緊張する。それでも普段からたくさん食べる姿を目にするし、きっとこのまま部活に行けば絶対持たないと思ったから、勇気を振り絞って青八木君の肩をちょいちょいとつついて声をかけた。

    「ん……」

     青八木君が、少し身動ぎして薄っすら目を明けた。まだぼんやりと焦点の定まらない瞳で私を見上げながら、視線だけで「何?」と問いかけられる。

    「あの、お昼休み……あと十分で終わるんだけど、ごはん……」

     食べなくて、いいの?
     問いかければ、青八木君はやや暫く無言で私を見つめて、それから顔の横に置いてあったスマートフォンで時間を確認して、少しの真のあとで、

    「……!!?」
    「わっ!」

     勢いよく上体を起こしたので、私は驚いて身体を引いた。青八木君は、スマートフォンと大して時間の変わらない教室の壁掛け時計を見つめたまま、瞳を私の方へと向けた。明らかな動揺の色が浮かぶ。言葉はないけれど、「どうしよう」と言っているようだ。この人、無口でクールな印象だったけれど、こんなにわかりやすい人だったのかと、思った。

    「……今日、ご飯は?」
    「ない。購買で、買うつもりだった……」

     青八木君がそんな風に呟いて、視線を落とす。すっかり落ち込んでいて、私はなんだか彼が可哀想になってきた。

    「あ、そうだ……ちょっと待ってね」

     そう言って私は自分の席に戻り、余分に買っていたパンを取り出す。今日はお腹が空いていたしパンがどれも美味しそうだったから迷った末にあんパンとクリームパンを買ったけれど、クリームパンを食べてイチゴ牛乳を飲んで友達とお喋りしていたら何だかお腹が膨れてしまったので、残りは放課後にでも食べようかと思っていたのだけど、

    「これ、良かったら」
    「……」

     そう言って差し出せば、青八木君は私の手にあるあんパンを見つめてから私の顔に視線を向けて、困ったように眉を下げた。

    「いい、のか」
    「疲れてたんだよね? 私も、もうちょっと早く起こしてあげたら良かったんだけど……」

     あんまり気持ち良さそうだったから、声かけられなくて。ごめんね。
     私も困ったように微笑むと、青八木君は小さく首を振った。寝ていた俺が悪いんだから、と。

    「副将って大変そうだもんね……頭使うときは甘いものがいいって言うし。自転車部、インターハイ頑張って」

     青八木君の手にパンを渡してそう言えば、青八木君は反射的にパンを受け取りつつも目を見開いた。

    「あ、りがとう」

     目を細めて青八木君が微笑むから、ちょっとだけどきどきした。窓から差し込んでくる光が反射して、今年に入ってから染めたらしい彼の髪がきらきらと輝いて眩しかった。

    「あ、でも、一個じゃ足りないよね? ごめんね、これしかなくって」
    「そ、そんなことない! ……助かる」

     青八木君がぎゅっと力を込めて私の手ごとパンを握るので、反射的に引っ込めた。彼も私の手に触れたことに驚いて、悪い、と小さく言った。

    「何か、礼が出来ればいいんだが……俺、何も持ってない」
    「いいよそんなの! 大したことじゃないし、ただ私が食べ切れなかっただけなんだから!」

     むしろ残り物でごめんね、と言いながら席に戻る。もうあと五分で休み時間終わっちゃうから、早く食べないと。そう告げれば、青八木君はこくりと頷いて袋を開けた。かと思うと、物凄い速さでパンを胃の中におさめた。それはあっという間で、私は自分の席からその様子を目を丸くして見ていた。ちゃんと咀嚼しているのがすごい。
     あんパンを秒の速さで食べ終えた青八木君は、中身の無くなった空袋をくしゃくしゃと丸めながら私を見た。

    「!」

     薄く微笑んで、ありがとうと彼の唇が動く。
     読めない人だとばかり思っていたのだけれど、彼は存外、かわいいひとだなあと思った。

    End.





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