Story

    君を想うと好きになれそうな気がした





     手嶋は自分のことを凡人と言う割りに、好物が紅茶とか、決め台詞がティータイムだなんて気障ったらしい。自販機でよくミルクティーを買っているのも知っている。私はパンにはコーヒー派なので、購買のパンを片手に毎日味の違う紙パックやペットボトルの紅茶を手にしている手嶋を見ると、彼とは嗜好が合わないんじゃないかと思う。ただたまに、そうやって手嶋が紅茶ばかり飲んでいるものだから、気になって私も毎日買う缶コーヒーの隣に鎮座する紅茶のボタンを押してしまうことがあった。それを手嶋に見られていて、も紅茶好き? それ、美味いよな。なんて屈託無く笑いかけられて、私は返答に困ってしまう。別に、好きで買ったわけではないのだ。好きな人が好きなものだから、気になっただけなんて、そんなことは言えなかった。

    「やっぱさ、たまにはちゃんとティーポットとカップで淹れた紅茶が飲みたいよな」

     教室の片隅、青八木と昼食を取っていた手嶋がぽつりと呟いた。紙パックでもティーバッグでもない、茶葉で淹れた紅茶がいいと。人工的な味も悪くは無いけれど、紅茶本来の楽しみはその香りにあるのだと彼は言う。季節的にもそろそろ寒くなる頃だし、アイスティーばかりでは身体も冷えてしまう。自販機にはまだホットの紅茶は置いていなくて、それでも手嶋は紅茶を買っていた。ホットのコーヒーとか、買えばいいのに。そんな風に思ったが、紅茶を飲まない手嶋は手嶋じゃないような気もするので、そんなことは思うだけ無駄だと言うことに思い至った。
     お揃いのティーポットと、ソーサーに乗せたティーカップ、クッキーを添えたお皿がテーブルにあるのを想像する。それだけで自分が貴族か何かになったような、優雅な気分になる。手嶋もそうなんだろうか。自分が平々凡々な存在と知っているから、モチベーションを上げるための手段なのかも知れない。紅茶のことは本当に好きなんだろうけれど、別にカップに入っていなくても別にいいんじゃないかなと思う。けれど、私は知らない。ペットボトルや紙パック以外の紅茶の味を。それを飲んでいる手嶋の姿も、見たことがないのだ。

     用事のない放課後、これからアルバイトがあるという友人と別れてひとり帰路に着く。けれど、何だかすぐに帰る気分にはなれず、ウインドウショッピングでもして行こうかと街をぶらつくと、小脇にお洒落なカフェをみつけた。ああ、手嶋が好きそうだなあと考えて、少し迷った末に、私は入店した。女一人でカフェなんて少し寂しいやつかもしれないが、そんなことは気にならなかった。ただ、手嶋が言う本当の紅茶の味を感じてみたかった。

    「レモンティー、ください」

     カウンター席に座って、そう注文する。別に甘くなくていいので、ストレートティーを頼んだ。程なくして、白地にブルーの波模様というこれまたシンプルでお洒落なカップとソーサーが出てきた。お茶請けに頼んだクッキーも可愛らしい。湯気が立ち上るそれを見つめて、そっと手に持つ。熱い。湯気から香る独特の匂いに、心が休まるのを感じる。生憎紅茶というものに馴染みのない私は、これがティーバッグなのか茶葉なのかは判断出来なかったが、少しだけ、手嶋の言うことが解った気もした。気がするだけ、だったけれど。
     紅茶とクッキーを全て平らげて、会計を済ませて店を出る。そういえば、なんで手嶋はあんなことを言ったんだろう。たまには、なんて、家でいくらでも淹れて飲めばいいのに。そう思った私は、ふと思った。きっと、今の手嶋にそんな余裕は無いのだ。自転車競技部の主将になった今、部を引っ張っていかなくてはならなくて大変なのだということ。帰宅部の私には到底解らないことだったけれど、それでも手嶋が必死に自転車に打ち込んでいる姿が私は好きで、自転車について「俺は才能ないけど、自転車が好きなんだ」と語る手嶋の顔も、本当に好きで。だから少しだけ、勇気を持ってみようかと思えた放課後。紅茶のおかげでぽかぽかとした心で、専門店で茶葉を購入して帰宅した。
     店員さんによれば、ミルクティーを淹れるのに最適なのはアッサムだそうだ。更に同じ名前でも葉の種類があってCTCとかリーフとか言われてもよくわからない上に、ダージリンやアッサムなど有名な名前はどことなく聞き覚えがあったけれど、ニルギリだとかディンブラとか、そんな横文字並べられても困る。とにかく、手嶋が紅茶の中でもミルクティーを好んで買っていることを思い出して、ミルクティー用の茶葉を頼んだのだった。家に帰ってきてから、インターネットで美味しい紅茶の淹れ方を調べた。なんだか手順がいろいろあって、面倒だ。普通にティーポットで淹れるんじゃダメらしい。最初にカップを温めたりとか、蒸らし時間が重要だとか。そんなことを黙々と調べてから、早めに就寝した。
     翌朝、いつもより少しだけ早起きをして、調べた通りの淹れ方で紅茶を淹れた。さすがにティーカップでそれは持っていけないし、うちには昨日のカフェのようなお洒落なカップもなく柄もバラバラだったので雰囲気は出るわけもない。魔法瓶にストレートティーを入れて、ミルクは低音殺菌牛乳がいいとか、でもそんな大層なものが都合よく家にあるはずもないので、スティックシュガーとコーヒーフレッシュを数個袋に入れた。

    「手嶋、いい?」

     昼休み、青八木が購買にパンを買いに行って手嶋が自販機に飲み物を買いに行くというのいつもの二人役割のようだったから、手嶋が席を立つ前に声をかけた。ん、何? いつものような穏やかな笑みが浮かんだ。

    「これ、あげる」

     黒い、お父さんがいつも仕事に持っていく魔法瓶をそれごと渡した。手嶋の机の上に、スティックシュガーとコーヒーフレッシュの入った巾着袋も置く。手嶋が目を丸くして「え」と声を発するので、突き返される前にまくしたてる。

    「手嶋、いつも紅茶飲んでるし、昨日たまたま友達と街に行ってカフェでお茶したらそこの紅茶が美味しくて、淹れ方教えてもらって。帰りに茶葉買ってみて、淹れてみたの。最近寒いから、アイスティーばっかり飲んでたら風邪引くよ」

     半分以上嘘をついた。昨日は友達と別れて一人で街に行ったし、カフェで飲んだお茶が美味しかったのは本当だったが帰ってから一人でわざわざ淹れ方を調べた。淹れてみたのは、自分が飲みたかったからじゃなくて、手嶋に喜んでほしかったから。

    「……」

     手嶋は何も言わずに、手にした魔法瓶と私を交互に見た。それから、ありがとうと言ってくれたので、私はそれじゃあ、と席に戻ろうとした。

    「あれ、一緒に飲まねーの?」
    「え?」

     私はあげる、と言って、手嶋は受け取ってくれて、だからそれで満足していたのだけれど、手嶋はせっかくだから、と言った。机横にぶら下がっている袋から何故か紙コップが出てきて驚いた。部活用らしい。青八木が二人分なのかと驚くくらい大量のパンを抱えて戻ってきて、私を見て瞬きをした。手嶋が「今日はも一緒」、とだけ言うと、青八木はそれ以上何も言わずにこくりと頷いた。それ以上は詮索せず、了承してくれたらしい。相変わらず手嶋の言うことに反論はしないんだなと思った。
     魔法瓶から紙コップにお茶を注いで、セルフ用に持ってきたシュガーとミルクを入れて、たまたま今日コンビにで買ったプリンについてきたプラスチックのスプーンを渡して順番にかきまぜる。手嶋は息を吹きかけて少し冷ましてから一口飲んで、「美味い!」と笑った。こんなに美味い紅茶は久しぶりだな、と言って。

    「本当、こんな美味かったらティーカップで飲みたいな」
    「学校じゃ、難しいよ」
    「確かになあ。じゃあさ、こうしようぜ」

     今度時間あるとき、家に来いよ。、紅茶淹れてくれない?
     何の意図も無く手嶋が言うので、私は心臓が止まるかと思った。

     ねえ、手嶋、知ってた? 私紅茶はそこまで好きじゃないんだよ。
     それに、淹れ方だって覚えたばかりでまだ手順なんて曖昧だし、計り方だって面倒くさくて割と適当だったし、ちゃんと淹れれたなんて思ってない。それでも、そうやって美味しいって言ってくれただけで十分、なのに。
     手嶋がそんな風に言うから、私は頷く。いいよ、お茶菓子出してくれるならねって、冗談を言いながら。

     青八木が分けてくれたメロンパンに噛り付きながら思う。
     パンにはコーヒー派なんだけど、ミルクティーも案外悪くないな。

    End.





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