

言いたいことたくさんあったけど君にチュウしたら忘れちゃった

※ 弱虫ペダル夢企画「ぼくのリリィ」様に提出させて頂いた作品です。
最近彼女が出来た、という報告を受けて、彼がストイックに自転車一筋でいると思っていた手嶋は衝撃を受けた。お前が頑張っているから、俺だって彼女作らないでいたのに、とは口が裂けても言えない。しかし、先輩後輩の金城今泉と比べれば少ないもののそれなりに告白というものを体験している手嶋にとっては彼女を作る、ということ自体は然程難しいことだとは思ってはいない。だが相棒の、青八木一は別だった。無口で無愛想、交友関係も狭く、男同士の集まりにいてもあまり会話をしようとはせず手嶋とばかり一緒にいる。一部ではそっちの人だとか、噂になっているのは知っている。そんな青八木が、女子とまともに話したことなどあるはずがなかった。中学時代は知らないが、少なくとも手嶋と出会って行動を共にするようになってからは、クラス委員や同じ委員会の子とくらいしか会話をしているのを見たことがなかった。そんな青八木に、彼女が出来たと言うのだから驚きである。
一体、何があったんだ? 話を聞いた手嶋が搾り出した最初の言葉がそれだった。部活がオフの日、手嶋家に遊びに来ていた青八木は正座をしたまま恥ずかしそうに俯いて、うん、と小さく頭を下げて、少しの沈黙の後、これまた小さな声で呟くように言った。
「……バレンタインに、チョコ、もらって」
「バレンタインって、彼女できたのは最近だろ? 今、九月だぜ」
いや、と言葉を濁す青八木に手嶋は首を傾げる。どうやら、バレンタインに貰ったのはチョコだけだったらしい。名前がなかったのでお返しのしようがなかったが、それでも小学校の頃にクラスの子に貰って以来だったから驚いたのだと青八木は言う。そのことも手嶋は初めて聞いた。そういえば、バレンタインの朝はいつも通りだった青八木が、放課後少し落ち着きなかったことを思い出してそういうことかと一人納得する。青八木一と言う男は、無口で無愛想で、いつも手嶋といるためその存在で隠れて認識されにくいが、その魅力に気づいている女子はやっぱりいるもんだな、と手嶋は思った。ここは、親友として祝ってやるべきだろう。
「んで、相手って誰?」
「……、」
さん、と青八木が告げた名前を、手嶋はよく知っていた。一年生の時に手嶋と同じクラスで、一度だけ隣の席になったこともある。化粧っ気はあるもののあまり派手ではなく、それなりに可愛らしく大人しい印象だ。隣でよく喋る手嶋に、彼女は笑いながら、時には困ったように苦笑して、それでも話を聞いてくれた。いい子だ、と手嶋も思う。更にはそんな彼女が、この青八木に告白するなんてきっととても勇気が要ることで、それほどまでに好きで頑張ってくれたのだと思うと嬉しくて、手嶋はただ一言「良かったな」と当たり障りのない祝いの言葉を告げたのだった。
時計を気にする青八木は、じっと手嶋に見られていることに気がついていない。恐らく無意識なのだろうが、先ほどから片付けたはずのサイジャを鞄から出したり仕舞ったり、帰り支度が進んでいない。
「迎えに行きゃいいじゃん、せっかくなんだからさ」
「!」
呆れながらそんなことを言えば、青八木はハッと手嶋の方を振り返って、次第に眉を下げた。どうしていいかわからない、という様子だ。
彼女、は部活に入ってはいるが同時にアルバイトもしていて、部活には週二でしか出ていない。幽霊部員である。しかし文化部なためお咎めはなく他の部員や顧問も黙認しているのであったが、青八木が迷っているのはそのが今日はアルバイトに行っていることだった。事前にどこで仕事をしているとか、部活は何に入っているだとか、そんなことは聞いていたが、シフトとか仕事の終わる時間とかは聞かなかった。それがあえてなのか、忘れていたのかは定かではない。たまたま、他のクラスにと同じ店でアルバイトしているという子がいるという情報を手嶋が得ていなければ、今日だって青八木は真っ直ぐに帰宅していたに違いない。今日は部活が早く終わって、話に聞いているの上がる時間まではまだ小一時間ほどあった。それから約十五分針が進んでいたが、その間、青八木はひたすら時計を見つめていた。迎えに行けば、と言ったのは手嶋だったが、青八木も迎えに行きたいと思っているに違いないのだ。折角出来た彼女なのだから、一緒にいたい。少しでも多くの時間を、と。しかし、彼女本人が言わなかったことを考えれば、もしかしたらバイト先には来られたくないのかも知れない。そういう風に考えて、青八木は躊躇っているのだった。
結局その日は踏ん切りがつかず、青八木は重々しい溜息を吐いて肩を落としながら帰宅した。やれやれ、とその背中を見送った手嶋もまた、もやもやした心境に溜息を吐くばかりだ。
「さん」
「? 手嶋君、なんだか久しぶりね」
「あ、ああ。そうだな。クラス変わってからあんまり喋ってないもんな」
翌日、昼休みに手嶋はのクラスを訪ねた。青八木はいない。クラスメイトに呼ばれてやってきたは相変わらず薄く色づいたチークが可愛らしい。特別美人なわけではなかったが、彼女の場合は仕草が愛らしいので、手嶋も一年の頃は少しだけいいなと思っていたのは事実だ。彼女がどうして青八木を好きになったのかという理由までは知らないが、告白したのはの方なのだし、それならどうしてもっと一緒にいないのかと疑問に思うのも無理は無い。
「昨日さ、バイトだったんだろ?」
「あ、うん。そう、青八木君に聞いたの?」
ああ、と頷いて、手嶋は他クラスの同級生の名前を挙げ、シフト時間を聞いたことを告げた。青八木が迎えに行こうとしていたことも含めて。
「学校から遠くないんだろ、バイト先。なら、一緒に帰ればいいんじゃないのか」
手嶋がそう言うと、は眉尻を下げた。ああ、これは、昨日の青八木と同じ顔だ、と手嶋は思った。この恋人達は二人して、何を考えているんだろう。青八木の考えは何となく理解できたが、お互い気を遣いすぎて、その結果破局になりかねない現状に、どうしたものかと手嶋は思考を巡らせる。
「……あのさ、」
「純太っ!」
手嶋が口を開きかけたその瞬間、後ろから声をかけられて驚く。別に名前を呼ばれたことに驚いたわけではない。青八木が、息を切らせながらそこに立っていたのだが、珍しく声を張り上げて手嶋の名前を呼ぶので、その様子に驚いたのだ。
「あ、青八木?」
「変な、こと、言わないでいい、から」
一体どこから走ってきたのかはわからないが、恐らく手嶋がトイレと言ったまま戻って来ないことに違和感を覚えた彼は、昨日のことを思い浮かべて慌ててこの教室にやってきたのだろう。手洗い場に向かうフリをして、その実真っ直ぐにのクラスを訪れた手嶋は、肩で大きく息をする青八木に苦笑する。自分達とのクラスは、大分離れているのだ。
「変なことって? 俺、大事な話しかしてないけど」
「だ、から……っ」
珍しく青八木が喋る。かなり慌てているその様子を、おかしそうに笑う手嶋の傍らで、は目を瞬いて見ていた。意外、とでも言うように。
「手嶋君といるときの青八木君って、楽しそうよね」
「ん?」
いいな、とは一言呟いたかと思うと、教室の中に戻っていった。その様子に顔を見合わせた手嶋と青八木だったが、自分の席からすぐに戻ってきたに、無視されたわけではないのだと心なしか安堵する。はいこれ、と言ってが青八木に差し出したのは、ミニサイズのペットボトルだった。未開封で、買ったばかりなのか汗をかいている。
「開けていないから、良かったら」
「っ、あり、がとう」
恐らく全力疾走した青八木は、掠れる声でなんとか礼を告げると、ペットボトルのお茶を一気に呷った。それから、ふう、と息を吐いて、落ち着いてから向き直る。純太、青八木が再度手嶋の名前を呼ぶ。
「何?」
「昨日のことなら、もう、いいから」
戻ろう、と手嶋のブレザーの裾を引っ張って行こうとする青八木に、でもさ、と手嶋は食い下がる。
「言いたいこと、言わなきゃ、結局何も変わんないだろ」
「……」
互いにさ、と手嶋は青八木からにも視線を送った。二人とも少しだけ気まずそうだ。
「今日はさんも部活?」
「あ、うん」
なら良かった、と手嶋は笑う。
「青八木と一緒に帰ってよ。待っててくれれば、青八木が家までちゃんと送ってくれるだろうから」
青八木の代わりに手嶋がそう言ったので、が申し訳なさそうに視線をうつせば、青八木は小さく頷いた。
「……うん、じゃあ、待ってる」
一応は約束を取り付けたことで安堵した青八木だったが、はたと気づく。手嶋の意図は、ただ二人を一緒に帰すことが目的なのではないのだ。
「ちゃんと話せよ」
「……」
のクラスを離れる際、手嶋が小声で言った。話すって、何を話せばいいんだ。女の子と付き合うのも初めてなら、こうやって恋愛のことで悩むのも初めてのことだ。青八木は手嶋の顔を見れず、廊下ですれ違う生徒らの靴ばかりに視線を落としていた。
「お疲れ様、青八木君」
「……」
部室から外に出ると、校門付近で自分を待つを見て青八木はぱちぱちと目を瞬いた。玄関で待っていればいいのに、と。まだ九月といえどもさすがに夜は冷えるから、と。しかしは首を振って、「そろそろ終わる頃かなと思って、今出てきたの」と言った。それならいいけど、と納得した青八木は小さく頷いて、それから二人並んで歩く。何度かこうして家まで送っていったことはあるので、そういった意味での緊張は無かったが、今日は別の意味で、それ以上に緊張している自分がいた。
何を話せば良いのだろうか。そもそも、何故は自分が好きなのか、その理由すら青八木は聞いていなかった。ただモテたことのない自分が告白されたという事実が嬉しくて、また目の前のが可愛かったこともあって、内心舞い上がってOKしてしまったのである。だが、彼女はどうなんだろう。バイト先には来てほしくないようだし、付き合っているといってもこうやってたまに一緒に帰るくらいで、恋人らしいことは全くしていない。学校でも、クラスが違うので一緒に行動することは本当に少ない。青八木は相変わらず手嶋と食べるし、彼女も彼女で親しい友人と教室で摂っているようだ。果たしてそれは、本当に付き合っているといえるのか? 呆れた手嶋の声が、幻聴が耳の奥で聞こえた。
「あ、」
「あのね青八木君」
青八木が口を開こうとすると同時に、が切羽詰まった声で切り出した。小さい青八木の声は、それ以上表に出ることなく息と一緒に呑み込んだ。
「私ね、大事なこと言い忘れてた」
「……?」
「私、手嶋君と一緒にいる青八木君をずっと見てたの」
それはそうだ。何せ、学校での青八木は本当に手嶋とセットと思われているくらい一緒にいるのだから。本人達も別に気にはしていないのでどんな噂が立っても関係のないことだったが、今が言わんとしている言葉をいくつか考えて、青八木は混乱する頭を必死に整理した。
錯覚? 気のせい? 本当は純太のほうだった、とか?
嫌な考えが浮かんでは消えて、早くとの言葉の続きを視線だけで待つ。唇を開いたり閉じたりしていたは、やがて赤い顔で呟いた。
「手嶋君といるときの青八木君、本当に楽しそうで……いいなって、でも、私あんな風に青八木君を楽しませてあげられないし」
「?」
「いざ、二人きりになるとね。どうしても構えちゃうんだ」
変だよね、とが笑う。好きで、自分から告白したのに。いざ付き合いだすと、どうしていいかわからなくなるなんて。
まるで自分と同じ気持ちでいた彼女に、青八木は少し安堵する。
「俺は、楽しいとか楽しくないとか、じゃなくて。といると、嬉しい」
手嶋純太は親友で、一緒に居ると楽しい。彼はよく喋るし、退屈はしない。しかし、の持つ空気は自分のそれとよく似ていて、とても安心出来るのだ。無理に楽しませようとしなくても、そこにいるだけで、幸せになれるくらいに。
更には、バイトの時間を青八木に伝えていなかったことに対してこう言った。
「青八木君は部活、頑張ってるから。気を遣わせたくなかったの」
だけど、その結果、余計に気を揉ませてしまったことに多少の罪悪感を感じて、は眉を下げて笑って見せた。
「ごめんね、私本当に青八木君……一君が好きで、告白して、迷惑じゃないかなって……少しだけ後悔してた」
「後悔」
その言葉は、必要ない。でも、良かった。両想いだよねって、が笑うので、
「」
一はの腕を少しだけ力を込めて掴むと、自分の方へと引き寄せた。男子としては低めの身長は、平均的女子の彼女とは然程変わりない。背伸びも屈むこともせずに届くゼロの距離。ぎゅっと目を瞑った一とは対照的に、は大きく目を見開いた。
お互いに初めてだろうキス。上手いも下手もわからないけれど、それだけで幸せな気分だった。
「……え、と」
「ごめん」
なんか、可愛くて。
一が俯き照れながらそう言うので、は一君も可愛い、と満面の笑みで指を絡めた。
「そういえば、一君も何か言いたいことあったんじゃないの?」
「……もう忘れた」
きっと、君の可愛さに比べればそれは些細でどうでもいいこと。
純太はちゃんと話しをしろと言っていたけれど、あまり話していない気がする。でもまあ、これでいっか、と一人納得して、この日一はとても気分よく帰宅した。
後日、どうだった、と手嶋に聞かれてただ「可愛かった」と答えた一に、手嶋は「リア充爆発しろ」と本気で吐き捨てた。
End.

