友達ってどうしたら出来るのかわからない。どうしてみんなトイレもご飯も誰かと一緒じゃなきゃいけないのかわからない。一人の何がいけないんだろう。先生も、すぐそうやって仲間外れみたいに、可哀想な子みたいに扱うの止めてよね。仲間に入れてあげなさいとか、余計なお世話でしかない。いいじゃないか、困ってないんだし。グループ活動では自分から声をかけられるし、別にいじめられてるわけじゃない。そうやって大人がはやしたてるから、私はどんどん惨めな子になって、濡れ衣着せられたクラスメート達の方がよっぽど可哀想だ。
小学校の頃、本を読みましょうってクラス目標があって、夏休みの宿題として三冊の本を読むことが課せられた。その中から読書感想文も書いた。だから私は本を読むんじゃないか。本が好きになったんじゃないか。本をたくさん読む子が良かったんでしょう? いろいろな知識を学んで、優等生になって欲しかったのでしょう? それなのに、本ばかり読んでいたら暗い子なんだって。何て馬鹿馬鹿しいのだろう。
学校は嫌いだ。先生もクラスメートも、私の邪魔をする。私はただ静かに本を読みたいだけなのに。逃げ場を探してたどり着くのは、いつも決まって小さな公園のベンチだった。冬の寒い日には図書館も有りだけど、あそこは少々息苦しい。誰もいない静かな公園で読書をしながらひとりで過ごすのが、私は好きだった。しかし、今日はいつものベンチに先客がいた。
「……」
「……? 誰?」
学校での嫌な出来事を思い出して俯きながら歩いてきたので、ベンチ前に来るまでそこに人がいることに気づかなかった。ベンチに座って本を読んでいた私と同い年くらいの男の子は、棒立ちの私を視界におさめて眉をしかめた。あなたこそ、誰? 聞きたかったが、恐らく彼も私と同じなのだろう。今まで会わずにいただけで、彼からしたら邪魔者は私の方かも知れないのだ。
「私、望月莉星」
「……青八木一だ」
私が名乗ると、彼もちゃんと自己紹介してくれた。長い前髪で顔が半分くらい隠れていて、表情は窺えない。着ている制服は、他校のものだった。
「青八木くんも、いつもここにいるの?」
尋ねると、青八木くんは顔を上げて私を一瞥し、すぐにまた本に視線を落とした。無視されたのかと思ったが、小さな声で答えてくれた。
「今日は部活、なかったから……邪魔が入らない場所、探してた」
望月さん、も?
青八木くんは戸惑いがちに質問を返してきた。何だか私以上に、人付き合いの苦手そうな子だ。
「私も、いつもここに来るの。ここが一番の穴場なんだよ」
「……そうか」
私の話を聞いた青八木くんは、無言でスペースを空けてくれた。隣に座っても良いということらしい。そういうことならと、遠慮せずにベンチに腰を下ろした。鞄の中に手を突っ込んでガサゴソと漁りながら、先ほど流した会話を思い出してふと尋ねてみる。
「青八木くんは何部なの?」
「ロード……」
聞き馴染みのない名称に小首を傾げると、青八木くんが「自転車競技部のこと」と言い直した。競技用の自転車のことを、ロードバイクと言うのだそうだ。インドアっぽい見た目に反して、バリバリの運動部らしい。
「じゃあ、学校は楽しいね」
「……望月さんは、楽しくないのか」
「私は部活入ってなくて。いつも本ばかり読んでるから」
少数派は、集団生活の中では不利なことしかない。だから嫌いだ。自立を促して、自分で出来ることはしなさいと言う割に、そのくせ暗に群れろと言う。矛盾の巣窟である。
「……わかる気はする。俺も、別に仲のいい友達がいるわけでもないし」
部活には入っているけれど、部活仲間と群れるわけじゃない。青八木くんは小さくため息混じりに言葉を発して、
「何だか似てるな、俺達」
そう言った。私も思ったので頷いてから、改めて鞄から読みかけの文庫本を取り出した。その表紙を見て、青八木くんがハッとしたような顔になる。
「……それ、」
「?」
「同じ」
青八木くんの読んでいた本には紙製のカバーがかけられていて何の本を読んでいるのかわからなかったが、カバーを外して同じ本の表紙を見せてくれた青八木くんは「ほら」と少しだけ嬉しそうだった。
「俺の方が、進んでる」
「あ、ネタバレしないでね。すぐ追いつくから……」
そう言って、真剣に小さな活字を見つめた。二人並んで座りながら、黙々と読書する。この空気は、別に苦じゃない。沈黙が続くと嫌だと言う人もいるが、その理由が私にはわからなかった。
「……終わった」
「あと三ページだけだから」
ちょっと待って。自然と口にした言葉に違和感を覚える。いや、別に青八木くんが私を待つ必要はどこにもない。読み終えたなら家に帰ればいいのだ。私達は、友達じゃない。だけど、青八木くんは静かに頷いて私が読み終えるのを待っていた。
「面白かった」
「……ああ」
「青八木くんはどの話が好き?」
「四話目」
今日会ったばかりだというのに、クラスメートと話すよりも楽しい。無口な青八木くんは私が振らないと答えてくれなかったけど、私自身あまり喋る方じゃないのでそれが心地よかった。青八木くんも同じ気持ちなのか、次第に気持ちが乗ってくると、この著者のシリーズを読みたいが店頭では中々見かけないことなどを話し、私が何冊か持っていることを伝えると羨ましそうな視線を向けてくるので、今度貸そうか? と提案したところ、嬉しそうに頷いた。
「私、雨の日以外はここにいるから。天気のよくない日は図書館だけど」
「……俺も、部活がない日とか、終わってからとか、寄るようにするから」
だから、また会えるだろうか。不安そうに青八木くんが呟くので、私は力いっぱい頷いた。私もまた、青八木くんと本の話をしたかったから。
「またね!」
手を振って公園を出る。
まるで長年の付き合いみたいに青八木くんと過ごした時間は濃密で、自分から関係を築きたいと思ったのは初めてのことだった。
青八木くんもそう思ってくれていたらいいな。そう思って青八木くんを振り返ると、彼はずっと私を見ていた。目が合うと、照れくさそうに胸元までしか上がっていない手が、またねと言うように小さく揺れた。
明日から、この場所に来るのがとても楽しみだ。