Story

    スパルタスパイダー





     馬鹿な子ほど可愛いと言う話を聞いたことがあるが、度が過ぎると呆れてしまうほかない。

    「いい加減にするッショ、毎度毎度赤点って……」
    「だって、わかんない……巻ちゃんみたいにさあ、なんでも要領よくできるわけじゃないんだから」

     彼女は頭が悪い。とても、悪い。授業態度はそこそこ真面目らしいが、如何せん要領が悪く、テストでは赤点のオンパレードだ。それでも補習を受けてここまで何とかなっていたが、もう後がないと教師に呼ばれてしまったのだった。次の期末で赤点を取れば、彼女は間違いなく留年コースだろう。流石の俺も彼女が留年というのは、見過ごせない。

    「解ってるのか? お前、後がないんだぜ」
    「……わかってる、けど」
    「ならさっさと教科書開くッショ。俺が勉強、見てやるから」
    「巻ちゃあん……」
    「その呼び方やめるッショ!」

     箱根学園にいるライバルを思い出して気持ち悪がる俺にひとつ溜息を吐いてから、「……裕介」改めて名前を呼ばれた。

    「しっかり勉強して、一緒に卒業するッショ。」
    「……うん」

     とはいうものの、得意なものがあるのか疑問に思うほど、彼女の不得意教科は多すぎる。まずは自分が得意な英語から教えてやろうと期末範囲のページを開く。

    「ま、始めるか」

     どうして付き合い始めたのかとか、周りによく聞かれることがある。確か、の兄貴が自転車部のOBで、在学中によく応援に来ていた気がする。俺が才能ないと言われ悩んでいた頃、彼女は何も考えていないような屈託ない笑顔で差し入れしてくれたり、声をかけてくれたのだ。当時の俺は荒んだ心で突っぱねたりもしたが、彼女の楽天的な思考に救われることも確かにあって、次第に惹かれていったのだと思う。告白はどちらからだったか。覚えていない。だが、俺が彼女に感謝していることは事実なので、の危機なら俺は力を貸したいとも思う。
     俺的講習を開始してから三十分が経過した頃。耳元でそっと囁く猫撫で声。

    「……ねぇ、」
    「ん?」

     甘えるような彼女の声に反応してノートに落としていた視線を上げた瞬間、ギョッとする。やばい、この流れは、非常にまずい。
     そっと、指先が触れる。いつもなら、このまま勉強どころじゃなくなるパターンだ。彼女のいつもの楽天的な表情とは打って変わる艶やかな瞳に誘われるまま、流されてしまうのが毎度のこと。流石に今回ばかりは、心を鬼にしてやらねばいけないと首を振って踏み止まる。

    「残念。今回ばかりは、その手には乗らないッショ」
    「……む」
    「ってか、テストが終わるまではお預けな」
    「ええっ!?」

     にやりと笑って、俺の手に重ねられていたの手にシャーペンを握らせる。弾かれたように顔を上げるは、信じられないというように目を見開いていた。

    「テストまであと二週間もあるんだよ!? そんなの絶対ヤダ!」
    「馬鹿、あと二週間しかねぇんだっつの。二週間で全教科赤点免れると思ってんのか?」
    「う……」

     俺だってヤダ、とは言えなかった。このままいつものように波に呑まれてしまえば、きっと互いに後悔することになるだろうから。
     そのかわり、二週間後の期末で結果を出せたらその時は、

    「二週間もラブラブできないなんて……裕介は鬼だ」
    「鬼じゃねぇ。俺は、クモ男だ」
    「こういうの、生殺しっていうのよね」

     それは男である俺の台詞だ。全く、こっちの気も知らないで、この女は。

    「さて、あと三時間はやるッショ」
    「やっぱり鬼!!」

     どれだけ喚こうが、きっと二週間後には感謝するだろう。

    「テストが終わったら、思う存分触れてやるよ」

     それは俺にとっても、最高のご褒美だ。

    End.





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