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Story
あなたは優しく脆い人だった
※ 「
金星
」様より題名お借りしました。
沈黙が長い。そう感じて時計を見れば、二人がこうしてからものの数分しか経っていなかった。
別に強いられているわけではないのに正座をしながら恋人の顔色を伺う。伺ったところで彼の考えはよくわからないのだけれど、ただいつもの笑顔はない。無表情という言葉が正しいのかはわからないが、怒りよりも悲しみの色が濃く出ているようだった。何故だか彼も同じように正座をしていて、どう切り出そうかと唇を何度か舌で湿らせる様子が見られた。それでも中々言葉が見つからずに黙したままのこの状況を打破すべく、先に口を開いたのは私だった。
「あ、謝らないから……」
何とか搾り出した言葉は、あまりに可愛くないものだった。これでは流石の山岳も怒るに違いない。そう思ったのに、山岳は眉尻を下げたまま「うん……」と小さく呟いた。
恋人が浮気をした。された方は怒ってもいい。だけど、山岳は申し訳なさそうな顔を崩さない。言うまでも無く、浮気をしたのは私の方なのに。
「俺が、悪いんだよね」
「……」
山岳には私しか居ない。それはもうずっと前から知っていることだ。だから山岳が浮気をするなんて有り得ないし疑った事なんてなかったけれど、先に裏切ったのは私の方で。
彼が部活動兼趣味ばかりを優先させて、私を見てくれていないのではないかと思い始めたとき。たまらなく寂しくて、流されて。それで後悔しているなんておかしくて笑えてしまう。馬鹿みたいだ。
山岳はそれを理解しているから、自分が悪いのだという言葉がすんなり出てくるのだろう。私は自身の非を認めようとしないのに。
「相手……俺が知ってるひと?」
「……」
優しい山岳の問いかけにも、私は答えられない。しかし沈黙イコール肯定という結論は間違ってはいなくて、山岳は「そっか」と一人納得する。それでも、それ以上の追求は絶対にしてこない彼に私はとうとう痺れを切らし、立ち上がると山岳を見下ろして逆に怒っていた。
「なんで怒んないの? 理解ある彼氏のフリなんかしないでよ」
「……理解? してないよ。そんなの、したくもない。でも、俺は別れたくないから……」
私に釣られて顔を上げた山岳は、今にも泣きそうに顔を歪ませていた。
「俺は年下だから、いつも子ども扱いされるし……物分り良いフリしてないと、先輩、すぐ他の人のところに行っちゃう。そんなの、絶対に嫌だったんだ」
「さんがく、」
「だから」
もっと怒るかと思っていたんだ。いつもニコニコ顔の山岳が、本気で叱ってくれると、そう思っていた。けれど山岳は怒るどころか、「悪いところはなおすから」と、大好きなはずの恋人を簡単に裏切った私に、縋るような視線を向けてくる。
「俺も、わかってたんだ。先輩が、寂しがってるって。でも先輩の優しさに甘えて……こんなに思い詰めてたって、気付かなかった」
ないよ。あるわけない。悪いところなんて、山岳にはひとつもなかった。
名前のとおり山が好きで、没頭し出すと周りが見えなくなって遅刻の常習犯で幼馴染の女の子を困らせて、成績は下位であっても。スポーツマンとして部活に一生懸命だった山岳を応援してあげられず、自分の欲ばかりを満たそうとした私は、どうしようもない女だと思う。山岳に思ってもらえる資格など、私にこそありはしないのだ。
それでも山岳は、私の目を真っ直ぐに見て、別れたくないという。本気ではないのでしょうと。
「先輩はっ……莉星さんは俺が、好きだよね? 他のひとのところには、行ったりしないよね?」
「行かないよ……でも、山岳がそうやって優しすぎるから……私は、それに甘えてしまう。山岳が、怒らないから」
そうやって、私はいつだって責任転嫁する。もしもまた誰か別の人に縋ってしまうことになっても、きっと私や優しい山岳を責めて、優しい山岳は私を責めたりはしない。それが、たまらなくもどかしいと感じるのだ。
「莉星さんは、俺に怒って欲しいの?」
「……」
もっと怒って、激情に任せて、いっそひと思いに。
そうでなければ、私は私を許せそうにない。山岳に優しくされるだけの私は、もう自分を愛せなくなってしまいそうで。
黙りこくる私の頬に、山岳が手を触れる。いつもの優しい笑顔で。
「じゃあ、もうしないで。次はちゃんと怒る」
「きょう、は?」
「……初回サービスって事で、今回は許してあげるよ。だから、この後俺の家に来てくれる?」
結局私も山岳も、互いに依存しきっていて、失うことを恐れているのだ。
「……馬鹿ね、山岳」
だったらこのまま、君と流されてみようか。
End.
Story