Story

    その姿に恋をする





     寒い、寒い。なんでこの世に冬なんてあるんだろ。今日は今冬一番の寒さだって朝のニュースでお天気お姉さんが言っていたのを思い出した。だから中にヒートテックとタイツを着込み、制服の上にカーディガンとダウンジャケットを羽織った上にもこもこ手袋にマフラーも巻いて完全防備なのに、まだ薄ら寒いような気がする。
     新しいカイロの封を切って、早く暖かくなれと念じながら揉み込む私の背中に、聞き覚えのある、けれど聞き慣れない声が届く。

    「おはよう、さん」
    「……えっと? ああ、なんだ真波か」

     カイロを購入してコンビニから出てきた私にそう声をかけたのは、隣のクラスの真波だった。
     やや時間をかけて顔を確認してから名前を呼べば、真波は穏やかな笑みのまま眉を下げた。

    「何、その間ー」
    「ごめん、自転車乗ってないから一瞬誰だかわかんなかった」
    「えぇっ、俺のアイデンティティそれだけ?」
    「ほかに何かあったっけ?」
    「え? あ、うん……それだけかも」
    「ね?」

     真波山岳は自転車競技部の問題児とかいう話で盛り上がっていたのはいつだったか。遅刻が多くて、彼のクラスで幼なじみである委員長の女の子が頭を抱えていて、その理由が坂があったら登りたくなるとかなんとか。そういったこともあって、彼の印象は自転車にしかなかった。だから、冬になってバス通学に切り替えた真波は印象に薄いのだ。

    「でも、珍しいね? いつも登校で出会うことなんてないのにさ」
    「さん登校早いほうだもんね」
    「? うん。真波は冬得意なの?」

     ニコニコと笑みを絶やさないままの真波と並んで歩く。私の問いかけに何故? と疑問を顔に浮かべた真波に、「だって」と口を開きかけた私は、声にする前にハッと気づいてしまった。

    「ああっ!?」

     腕につけた時計を見て、私は血の気が引いていくのを感じた。時計の針は、いつもより一時間も遅い時間を指していたのだ。

    「真波が早起きなんじゃなくて、私が遅いのか!」
    「はは。今気づいたんだ? だから変だなと思ったんだよ。いつも早いさんが、俺と同じ時間にこんな場所歩いてるんだから」
    「っ!! 何呑気なこと言ってんの? 遅刻っ」
    「うん、そうだね」

     相変わらずマイペースに歩く真波に声を荒げたが、何てことない風に返される。早く行かないと。そう急かしたものの、真波は至って平常運転だ。ああ、彼にとっては遅刻なんて取るに足らないことだった。

    「今から焦ったってどっちみち遅刻だよ?」
    「あーあ……もう、せっかく皆勤だったのになぁ」
    「へぇ、さんすごいんだね」

     手を叩きながら真波が言う。そのふにゃっとした笑顔がなんだか馬鹿にされているようで、手に持ったカイロで頬を叩いてやった。

    「痛……くないけど、何?」
    「なんか、腹立った」
    「なにそれ、ひどいなー」

     ああ寒い。もうすっかり諦めた私は、急いでいた足の速度をゆるめた。再び彼と並行しながら、ついでに会話を試みる。

    「そういえば、なんで、私が朝早いこと知ってたの?」
    「うん?」
    「だってクラスも部活も違うし。合同授業以外で、そんなに関わったこともないのに」

     そう尋ねると、真波は少しだけ照れたように頭を掻いて「それは……」と空を仰いだ。

    「前から見てたんだ、俺。さんのこと」
    「見てた……?」
    「うん。なんかいつもいっぱい着込んでるし、ペンギンみたいだなーって」
    「ペンギンって、もっと違う例えはないの?」

     要は、シルエットがぶくぶくで丸いと言いたいのだろう。暗にそんなことを言われて喜ぶ女子などいないだろう。期待していた答えとは少し違って、あからさまに不満そうな声が出たのが自分でもわかる。でも、真波はそんなことどうでもいいかのように、他愛もない会話を続ける。

    「可愛いよね、ペンギン」
    「……何の話してるのよ」

     確かに動物園やテレビで見るペンギンは可愛らしいけれど。ペンギンをモチーフにしたキャラクターだって好きだけど、でも。

    「さんも、可愛いと思って」
    「……それって、マスコット的な可愛さってこと?」

     ペンギンの可愛さと女性としての魅力は全くの別物だ。まあ、友達の間でもよく風船みたいとか着ぐるみのようだといじられることはあったので、別に気にしたりはしない。してないと、思う。

    「……早く学校行こうよ。また委員長さんに怒られるよ」
    「待って」

     少し歩行速度を上げれば、真波が後ろから追ってきて私の手を掴んだ。

    「なに。ねえ、早く学校……」
    「もう今更行ったところでどのみち遅刻だって。二限までには着けば大丈夫だよ」
    「そんなことばっかり言ってるから補習なのよ」

     呆れて口にすれば、真波はへらりと笑って「さんだって俺のことよくわかってるよね」と言った。

    「し、知らないわよ。真波のことなんか、べつに」
    「そう? でも前に委員長と一緒に大会見に来てくれたことあったよね」
    「!? し、知って……?」
    「うん。実は委員長と仲良いのも知ってるんだ」

     真波は黙っててごめんねと言う代わりにぺろりと舌を出して見せた。そんなことされても、絶対可愛いなんて思ってやらないけど。

    「ねえ、いつから?」
    「……」

     いつから俺のこと好きなの。
     そんな風に、純粋な目で私を見ないで欲しい。真波の方こそ、一体いつから私のことを見ていたんだろう。

    「自惚れないでよ。まだ、好きだなんて言ってないじゃない」
    「まだってことは、これから言ってくれるの?」
    「言わないっ! ……もうっ、さっさと歩いてよ!」

     ……敵わないなあ、もう。

    End.





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