Story

    大海原へ行く




    ※ オールジャンル夢企画「アストロジア」様に提出させて頂いた作品です。


     あ、迷った。
     そう自覚するのに森の中を散々走り回ってからやや数分は要したが、ようやく事態が掴めた。自分は、迷子だと。

    「意外と広かったなー、この島」

     生活用品の買出しのために立ち寄った島だったが、外観が綺麗で緑の深い森が見えたことで冒険心がくすぐられたのである。他の船員たちに「ちょっと散歩」と言い残し、連中が止めるのも聞かずに脱兎の如く走り出して数分後。思った以上に深い森の中で、見事に迷ってしまったのだった。う〜ん、と唸りながらも足は止まることを知らず、また、考えているようで実は出口から遠ざかっているなどとは本人は気づいてすらいない。

    「ん〜……おっ!」

     そんな中、不意に顔を上げればある物を見つけ、目が輝く。
     森の奥、町外れにある大きな屋敷だった。

    「そうだ。あの家に行って道を教えてもらおう」

     途中で拾った木の枝を振り翳し、いざ行かんとばかりに勇み足で屋敷へを赴く。
     きれいな場所だ。奥へ進めば進むほど、空気が澄んでいく。大きく息を吸って、止める。眼を閉じて思い出すのは、だいぶ昔に別れを告げた故郷の村だった。
     目の前に見えている屋敷に辿りつく為に歩いているのだからこれ以上迷うはずもなく、ただひたすら真っ直ぐに進んでいく。木々を掻き分けながら歩き、ようやく視界が開けてくると、豪奢な屋敷が視界に飛び込んできた。

    「おぉ……」

     帰り道を聞くためにやってきた一海賊団の船長であるルフィは、その立派さに驚きはしたがその感動は浅く、また、そんな屋敷が何故このような人里離れた場所にぽつりと建っているのかも疑問に思うこともなく、とにかく人の気配を探した。
     集合時間は二時間後。それ以上の滞在は、ログが書き換えられてしまうため何としてでも戻らねばならないのだ。もしもそんな事態になっては、次の大冒険が台無しだ――などと考える頭は勿論無く、その表情は好奇に満ち溢れていた。
    「すっげぇ家だなあ。誰かいねぇかな?」大きな独り言が漏れる。

    「ん、何だ?」

     耳を澄ませばかすかに聞こえてくる音の方へ、彼は全く躊躇することなく向かう。それが上階であっても気にも留めず、隣の植え込みに生えている木を伝って窓から部屋を覗き込む。人の気配と音の正体は、三階五番目の部屋にあった。
     部屋の中央にグランドピアノ。今までに何度か、音楽家のブルックが弾いてくれたことがあったが、それとはまた違った雰囲気の曲だ。嫌いではない。何せ、海賊は歌うのだ。
     弾いているのは、この家の主だろう。シンプルだが質の良い衣服を纏った十代半ばほどの少女だった。
     ルフィはじっと部屋の中を見ていた。窓が閉まっているため音がこもって聞こえるが、それも気にならないほど真っ直ぐな音色。ゆったりと細い髪を揺らしながら、曲の中盤に差し掛かる。
     一度口を開くと煩いとしか言われないルフィが、声も出さずに聞き入るのは珍しい。ブルックが弾くようなノリの良い曲ではなく、名前も知らない上質な音楽。それも嫌な感じがしないのは何故だろうか。本能で生きるルフィにその理由はわからない。

     カタン。窓にかけていた手が滑って、小さく爪が引っかかる。とても小さな物音だったが、少女は手を止めて勢い良くルフィのいる窓を振り返った。

    「!?」
    「……あ」

     見つかった。そう思ったが、危機感と言うものを初めから持ち合わせていない彼は逃げも隠れもせず、つかつかと少女が歩み寄る様子を見ていた。
     ガラリ、少女によって開けられた窓。身を乗り出して、引き結んでいた唇が開かれた。

    「あなた、何?」
    「ん、おれか? 海賊だ」

     これまた馬鹿正直な発言に、少女は目を丸くする。海賊? 聞き間違いかと咄嗟に聞き返すも、ルフィは変わらず満面の笑みで「ああそうだ、海賊だ」と言う。

    「東海岸に今朝停泊したっていう、麦わらドクロの海賊?」

     小さな島では、そういったニュースはすぐさま広がってしまう。騒ぎを避けるためにあえて人気の無い東の海岸に停めたのだが、全くの無意味だったなという航海士への思いもすぐに彼の頭からは消え去った。

    「ああそうだ。おれ、船長のモンキー・D・ルフィ」
    「……わたし、知ってる。その名前」

     新聞で、賞金首としてのルフィを見たことがあると少女は言ったが、そんな極悪海賊を前にしていると言うのに臆した様子も無く普通にルフィと接する少女に、ルフィは「お前変なヤツだな」とまた笑う。つられて、少女も。

    「だって、写真も見たけどあなた、悪い人に見えないもの」
    「ふーん」

     ところで、どうして此処へ?
     窓に頬杖をつきながらルフィへと尋ねる。少女の問いにルフィは「そうだった」と当初の目的を思い出したのだった。

    「その東海岸に行きてーんだ。冒険してたら迷っちまってよ。どっちに行きゃいいんだ?」

     あっちか? それとも、こっちか?
     適当にルフィが指差す方向は、どちらも全く別の場所へ向かってしまう道で。少女はくすりと唇に笑みを湛えると、身を乗り出してルフィを見下ろした。

    「わたしが、案内しましょうか」
    「おっ、ホントか!?」

     よろしく! 手を掲げたルフィに、「そのかわり」少女は更に条件を出す。

    「わたしを、浚って」



    「何で海へ出たいんだ?」
    「海へ出たいって言うより、家を出たいの間違いね」

     少女はと名乗った。この島一番の金持ちの屋敷に住む一人娘で、不自由な暮らしはしていないそうだ。
     ルフィはの提案を、何も考えずに了承した。島のことも、仲間の意向も考えずにだ。そんなルフィだからこそ、は嘘偽りなく彼からの質問に答えた。
     森は深く、振り返れば屋敷の屋根だけが遠くに見えるだけ。一瞬だけその姿を確認して、すぐに前を向いて足を進める。二人で並んで歩きながら顔を上げれば、森の奥に空と海がぼんやり重なった。その水平線をじいっと見つめながら、が口を開く。

    「外の世界を見てみたいっていうのは嘘じゃないけれどね」
    「ふーん」

     広い海へ出て、いろんな顔の海を見たい。どこか適当に、他の国へ降ろしてくれてもかまわない。ただ、この場所から連れ出してくれるのなら誰だって良かった。

    「じゃあお前、俺が来なかったら海に出られなかったのか?」
    「そうね。自分でもよくわからないわ。どうしてあんなこと、言ってしまったのかしら」

     家を継ぐのが当たり前とか、私はこの場所にいるべきだとか、そんな風に思っていたけれど。でも、この少年を見た瞬間に、そんな当たり前という概念が全て吹き飛んで、衝動的に口を突いて出てきた。私を、海へ浚って。

    「あの場所にいても、上辺だけの幸せしか与えられないじゃない」
    「……」
    「物足りなさを感じていたの。親が敷いたレールに沿ってただ進んでいくのって、きっとずっと大変だわ」

     ルフィは黙っての話を聞いていた。頭の後ろで手を組み、然程興味もなさそうに、面倒そうに。早く仲間のもとに着かないかなとか、そんなことばかり考えていたのだろう。だからこそ、も口を開けるのだ。否定も肯定もしてくれないけれど、何もせずにただ受け入れてくれる存在が心地良い。

    「私ね、お金なんか無くても幸福を得ることは出来ると思うの」

     ぼんやりと、仲間の金の亡者もとい航海士の存在を思い浮かべたが、後が怖いのですぐにかき消した。あいつとは正反対だなと、ルフィにしては珍しく思ったことを口にはしなかった。ただ面倒だという意味もあったのだろうし、言ったところで船員たちと出会ったことのないには通じないと理解していたからだろうか。
     やや暫く空を見ながら足だけを動かしていたルフィが、に向けて疑問を口にした。もうだいぶ小さくなっている屋敷へと視線を向けて。

    「案内してくれんのは助かるけどよ。お前、いいのか? あれはお前ん家だろ」
    「いいの。親も兄弟も全部捨てていく。私が居なくても、何ら問題はないわ」

     まるで自分ではないみたいだと、はくすりと笑ってみせた。出会ったばかりの少女のその笑顔が、ルフィにはなんだか不自然なように思えて仕方ない。一方のは訝しげに眉根を寄せて黙り込んだ海賊の船長に、きっと自分を疑っているのだと勝手な解釈をつけて静かな声で告げる。

    「心配? 別に船を降りたからって政府に売ったりはしないから、安心して」

     別にそんなこと思ってねぇけど。
     どうでも良いことのようにルフィもそう言って、見覚えのある景色に「おっ」と小さく声を上げる。仲間達と別れた東の海岸だ。

    「もう、他人の意志に左右されたりなんかしないわ」

     目を輝かせて船へと向かおうとしたルフィの服を、は素早く掴む。その際に反動で彼の手足が多少伸びたが、新聞で彼が悪魔の実の能力者であることも知っているのだ。今更驚きはしないし、偏見を持ったり恐れることもない。ただ真っ直ぐに少年を見る。
     対するルフィも自分を逃がすまいとしている少女を同じく真っ直ぐに見つめ、告げる。

    「おれはいいよ。お前がいいなら。でも、後悔しないのか?」

     静かに、静かに首を振る。後悔は、しないだろう。今、行かない方がきっと後悔するから。
     海はすぐそこにあって、海賊旗をたなびかせながら麦わらのドクロを掲げた船が停泊している。ルフィ。船から船長を呼ぶ声が聞こえた。
     振り向いても、もう屋敷は見えない。

    「どうかわたしを、浚って」

     手配書で見た貴方のように、綺麗な笑顔で笑えるように。

    End.

    天秤座の性質
    上品で優雅。それだけに何よりも品位と調和を大切にする星座。 美意識が強く、都会的なセンスと洗練された生活程度を好む傾向にある。 理性と感情のバランスがとれている。その為、いつも冷静でありながら、人情身もある。 しかし、公平と調和を尊ぶため、良識的ではあっても、調子がよく、八方美人のどっちつかずの中立の立場をとろうとする。 ものの考え方も常に中庸を保ち、偏った考え方をすることは少ない。 その為、奔放な野性味を帯びた人間や、常識破りの態度を示す個性的な要素はみられない。 呑気で物事にこだわることがなく、あきらめの良さをもつが、途中で放り出してしまう飽きっぽさとして現われることもある。 一見、クールであっさりしている。 ただし、内面には、美意識や品位などにこだわるところにあらわれており、美しいことや調和がとれていることへのこだわりは強い。 それだけに、美意識と虚栄心は人並み以上にある。 第一印象は好感が持てるし、協調性もあり、社交的で、誰にでも好かれることが多い。 しかし、これは、強い美意識にささえられたものであり、その裏側には功名心や名誉欲、それを裏返した嫉妬心がある。
    引用:12星座の性質




      Story