Story

    あと少しだけ待って




    ※ 黒バス夢企画「春風」様に提出させて頂いた作品です。


     足元を吹きぬける風が、速く、もっとはやくと急かす。
     校庭に咲き誇る桜は満開で、一片の花びらが散って頬を掠める度に思う。
     もう少し早く生まれていたらいいのにだなんて、どうにもならない現実に悪態を吐いて。
     クラスメイト達が記念写真を撮ったり抱き合って涙を浮かべる様子を横目に、桜吹雪の中を足早に通り抜ける。もう会えないかもしれない人に、もう一度しっかりとこの気持ちを伝えるために。

    「先生」
    「あら、黒子君」

     卒業、おめでとう。
     声をかければ振り向き様にそう笑う、去年赴任してきたばかりの若い保健医。彼女の手の中には卒業生宛に配られたはずの(僕も持っている)小さな淡い花が、それこそ大きな束を作っていた。無論先生が卒業するわけじゃない。ためらいがちな僕の視線に気づいたのか、困ったように「あはは」と声を出して誤魔化すように笑ってみせたその人の笑顔を見るのもこれが最後かと思うと、何故だかとても物悲しい気持ちになった。

    「もうね、花なんて邪魔になるだけだーなんて、みんな冷たいわよね。そんなに荷物になるものでもないんだから、持って帰ってあげればいいのに。保健室に飾ってなんて言って、私に押し付けてくるんだから」

     全く仕方のない子たち、と笑いながら、それでも無碍にしない優しさが好きだった。

    「じゃあ、僕のも貰ってください」
    「え?」

     先ほど校門で後輩から受け取ったばかりの淡黄の花を差し出せば、先生は目を丸くして僕の顔を覗き込んだ。
     この三年間で劇的に背が伸びたりしたわけではないけれど、それなりに成長したと思う。バスケ部の大躍進のおかげか、校内でも見失われることは少なくなった。告白をされたことも、数回ではあるが無いわけではない。それでも特定の相手を作らなかったのは、既に想いを寄せている人が居たからだ。お前は顔に出さないから解りづらいんだよと火神君に言われたことがあるが、それじゃあどうすればいいのだという問いかけにはいい答えを返してはくれなかった。本当は自分自身気づいてもらえないって、わかっているのだ。

    「えっと……ありがとう?」
    「先生」

     面倒でとか、そういう理由ではない。他の連中とは違う。思いの限り真剣な眼差しで見つめてみたけど、やっぱり伝わってはいないようだ。
     困惑気味に顔を上げた彼女に、薄く笑ってポケットに忍ばせた物に手を伸ばす。

    「あと、これも」
    「……黒子君」

     先生が花を受け取ったことを確認して、ずっと外してポケットに突っ込んでいた第二ボタンを差し出せば、彼女はそこで初めて笑みを消したのだった。

    「それは、本当に大切な子にあげなさいな」

     伝わりづらいどころか、全く理解されていない。その現実が空しいとか悲しいわけじゃない。ただ、そこまで解りづらい今までの自分に呆れた。でも、此処で引き下がるわけにはいかない。
     今この瞬間にこの人に会いにきたのは、そんな自分の思いを伝えるためだ。

    「貴女以外に大切な人なんて出来ません」
    「! 珍しいわね、君が冗談なんて」

     冗談なんかじゃない。本気なんだって、どうしたら信じてもらえますか。
     きっと学生でいるうちは、子どもの戯言と相手にもされないんだろう。たった数年の歳の差。けれどそのたった数年が、"大人"と"子ども"の線引きなのだ。彼女と自分との、大きな壁なのだということは十分に理解していた。

    「……今は、それでいいです」
    「黒子君」
    「受け取ってはもらえないですか?」
    「……」

     どのみち、渡す相手なんて他にいませんから。
     てのひらに乗せて差し出したボタンを、彼女は戸惑い気味に、でも確かに受け取ってくれた。

    「君には、よく助けられたわ」

     金色に光るボタンを握り締めて、彼女がぽつりと呟いた。

    「ここに赴任してきてから、心細かったけど……黒子君や火神君が声をかけてくれたから、頑張ってこれたのよ」

     ありがとうね、と先生は笑うけれど、実はそうじゃない。

    「……違いますよ」
    「え?」

     僕が彼女に話かけていたのは、彼女が僕を見つけてくれたからだ。
     影の存在として誰からも認識されることの無かった僕のことを、誰よりも早く見つけてくれるから。

    「誰かに認められたのが嬉しくて、その人の視界にもっと映りたいと思って、自分から声をかけるようになっただけで。最初にきっかけを作ったのは、先生です」
    「……そう」

     先生は困ったように俯き、呟いた。抱えた花束の包装紙がくしゃりと歪んだ。

    「よくわからないわ。私の目には、君が誰よりも輝いて見えていたから」

     それが恋と呼ぶのかは定かではない。ただ、今の彼女をこれ以上困らせるわけにはいかないだろう。不利益を被るのは彼女の方だ。

    「少しだけ、待っていてください」
    「え……」
    「社会に出てから、もう一度告白しに来ます」

     "大人"と呼ばれる立場になって、貴女と同じ地面に立ってから。また同じように想いを伝えに来るから。

    「他に恋人なんかつくらないでくださいね」
    「! 何、言ってるのよ……」

     頬を染めた彼女の反応を見て、脈はあると確信する。
     遠くで火神君が呼ぶ声が聞こえて、先生に別れを告げて背を向ける。

    「それじゃ……さん」
    「! ……黒子君!」

     初めて呼んだ名前に目を丸くした彼女は、ワンテンポ遅れて声を上げた。振り向いた瞬間に贈られた二度目の言葉。

    「卒業、おめでとう!」
    「……はい。ありがとうございます」





     火神君とも別れた帰路、歩きながら携帯の通話ボタンを押して耳に当てる。

    「もしもし、黄瀬君ですか?」

     こちらからかけたのは恐らく初めてのことだったから、彼は甚く喜んだ。何か用スか? そんな嬉々とした彼の声に被せるように僕は、彼に初めて教えを請うのだった。

    「年上の口説き方、教えてください」

     あと少しだけ、僕に時間をください。

    End.





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