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Story
涙が出るまで笑って
※ 黒バス夢企画「
不憫男子
」様に提出させて頂いた作品です。
いますよ、好きな人。
名前だけは伏せて、火神君にそう白状した日から、彼は僕の片思いの相手を暴き出そうと必死だった。授業中の僕の視線、廊下ですれ違う女子、購買で並ぶ女の子に至まで、全部に眼を向けて。挙句の果てには注意散漫で躓いて廊下で派手に転んだりもして、馬鹿なんですか。つい本音が漏れた。けれどそんな簡単にバレるほどあからさまな態度をとるわけがない。
そもそも、そんなことになったのにも理由がある。とある休み時間の雑談中。部活の違う友達とも弾む会話というのは、主にやはり恋愛話だろう。それは男女で大差ない。女子は次の時間が調理実習で移動だったからその場にはいなくて、ここぞとばかりにあの子が可愛い、あの先輩がいい、などと、きっかけは忘れたがそんな話で盛り上がっていた。中には下品な想像を抱く人もいたりして、それはもう、女子たちには聞かせられないくらい低レベルなものだった。しかし当然のように、影の薄い僕に話を振る人はいなくて、そんな会話に入っていくこともせず、ただ傍観者を決めていた。けれど、部活の終わり際に更衣室で火神君が僕に尋ねたんだ。
「そういやよ、お前にはいねぇのか?」
「……何がですか」
「いやほら、今日の休み時間に皆で話してただろ」
好きな女。
彼が何を言いたいのかはすぐにわかったが、それを今探られるとは思わなかった。もういいじゃないですか、と言ったところで火神君は納得せず、冒頭の回答に至るのだった。それから既に一週間が経過していて、廊下を歩きながら隣で火神君が低く唸る。
「しっかしわかんねぇなー、黒子の好きなやつって、誰なんだよ。つか、本当にいんのかよ?」
「いません。って言ったら諦めますか?」
「いや、探す」
結局これだ。呆れて漏れた溜息にも、火神君は不満げに「なんだよ」と呟いた。それに対して「別に何でもありません」と返してから、渡り廊下の向こうに見える見知った姿を見つけ、彼に呼びかけた。
「あ、望月さんですよ」
「お?」
前方から駆け足でやってくるのは、同じクラスの望月莉星さんだった。彼女はとても明るく、わけ隔てなく人と接してくれるため男女共に大人気な人である。その快活な性格で通じるものがあったのか、火神君とも入学当初から仲が良い様子が伺えた。
「やあ、お二人さん! 今日も一緒なの? もー、妬けちゃうなぁ!」
「何言ってんだよ、莉星。つか廊下走んな」
カラカラと笑いながら、肘で小突く真似をする望月さんの頭を、火神君の大きな手ががっしりと掴んでぐしゃぐしゃと撫でた。少しぼさぼさになった髪を気にもせず、彼女はまた笑う。
「すみません隊長。……そうそう、黒子君にプリント渡してって先生が」
「僕にですか?」
「授業中でも影薄いのに、休み時間中に廊下で見つけるなんて不可能らしいね」
「……」
それでも教師かよ、と火神君の呆れた声。まあそれはそうと、僕の影の薄さはそれを武器にしているわけで、特別腹を立てたりすることもない。望月さんからプリントを受け取って内容を確認するために彼女から視線を外したが、彼女の方は視線を僕に注いだままだった。
「でも、火神君が目印になるから案外見つけやすいよね、黒子君」
「は?」
「火神君はイヤでも目立つし、常に黒子君と一緒なんだもん」
「そういう認識も、どうなんでしょうか」
僕と火神君が顔を見合わせて困った顔をするのを見て、望月さんは楽しそうに笑うばかりだ。彼女のそれ以外の顔を、僕は、見たことがない。いや、きっと僕以外のクラスメイトたちだって、見たことがないはずだ。きっと。
「用はそれだけかよ、莉星」
「え? うん。用があったのは黒子君だけで、火神は別に」
「ってめ……ならさっさと行けよ!」
先生からの頼まれごとだとしても、火神君よりも僕に用事があると言ってくれたことに嬉しさを感じたり、火神君との仲の良さに少し羨ましさを感じたり。更には右手で追い払うような動作をする火神君に余計なことをしないでください、なんて口に出しそうにもなる。
そう。僕が好きなのは、火神君に邪魔扱いされても尚、楽しそうにスキップで去っていく目の前の同級生。望月莉星さん。
そもそも最初は、変な……いや、「変わった人だ」という程度の認識だった。影の薄い僕を見つけては、間違い探しの正解を見つけられたかのように嬉しそうに笑うから。彼女だって僕を必ず見つけられるわけではない。先ほどのように、火神君と一緒にいるところをたまたま、ということの方が多いのだけれど、それでも望月さんは他の人とは決定的に違っていた。僕を見つけたときの、反応が。
あるときは、
『それ、肝試しに役立ちそうね』
嫌いな授業の日には、
『いいなあ、今日私数学で当たるんだよねー』
先輩からの命を受けた数日後にはこうだ。
『火神君に聞いたよ! この間購買であのパン買ったんでしょ? さすが、影の薄い人は得だねぇ』
極めつけは、
『フツーに女物の下着コーナーとかにいてもバレなさそうだよね』
などと、どこか観点が人とはずれていると思う。特に最後の意見には、声をかけたまま固まらざるをえなかった。下着コーナーに用事はありません、とムキになって返した僕に彼女はまた楽しそうに笑うばかりだったけれど。
『黒子君って淡白なようでいて、実は熱血だよね』
『……はい?』
『火神君と一緒にいる時点でいつも思ってるんだけど。表に出すか出さないかだけで、心の奥底にあるのはたぶん同じものだよね』
いつだったか、たまたまテスト期間で部活のない日に下校時間が重なって、並んで歩きながら彼女が言った。彼女が僕らを「よく一緒にいる」と言ったように、僕の目からも、よく二人は一緒にいるという印象だった。どれだけ仲良くなっても二人とも僕の姿をすぐに見つけることはできなくて、それでも二人は仲が良くて。羨ましくて少し恨めしくて、こっそり背後から近づいて邪魔をしてやろうかなとか、そんな黒い自分にも気がついた。小学生くらい低レベルな嫉妬だ。
そんな風に、いつも気づけば彼女の姿を眼で追って、一緒に下校できた日なんかはそれだけで嬉しくなる。たとえ他人の目からは、彼女は一人で帰宅して一人で談笑しているようにしか見えなくても。彼女が僕のことを認識してくれる。それだけで、いいと。
(……あ、いた)
何気なく彼女の言動を思い出しながら廊下を歩いていると、前方に見覚えのある後姿を発見した。珍しく一人で、二階の窓からグラウンドを眺めていた。いつも賑やかな人なだけに、その姿はとても貴重だ。しばらく見ていたい気もしたが、きっとすぐに誰か彼かが彼女の姿を見つけてこの時間を邪魔するだろう。なら、最初に声をかけるのは自分がいい。そんなちっぽけな独占欲に支配される。
「望月さん」
背後に立ってそう名前を呼ぶと、彼女が「何?」と言ってこちらを見た。特別驚きもせず、穏やかな笑みを浮かべている。
「……今日は、驚かないんですか?」
「なに、驚いて欲しいの?」
「そういうわけではありませんが」
戸惑いつつもそれだけ返すと、彼女は笑った。何を見ていたんですか、と尋ねれば、少しだけ困ったような表情を浮かべて、けれどすぐにグラウンドを指出した。
「火神君、他クラスの子とサッカーしてるの。バスケ以外のゲームは、珍しいなって」
火神君は体格がいいからすぐわかるね、なんて。その視線はとても暖かで、優しくて。彼に特別な思いを抱いているような、そんな気がした。口にしようかしないかだいぶ迷ったけれど、喉まででかかった言葉を飲み込むのは難しくて、苦しかったから。いっそ吐き出してしまおうと思った。吐き出した。
「望月さんは、火神君のことが好きなんですか?」
「え?」
きょとん、とした目で僕を見る望月さんは、呆気に取られて、けれどすぐに小さく笑った。
「そう見える?」
「……なんとなく、そう思ったんです」
グラウンドを見下ろすその横顔は、確かに恋焦がれているというよりも、何だか憧れの色の方が強いかも知れない。望月さんはもうこちらを見ることなく、視線をグラウンドの火神君へと向けたまま小さく言葉を漏らした。
「火神君は話していて楽しい。それだけ」
「……」
「私はバスケに詳しくないし、彼との接点なんて全くといってなかったけど……それでもね、思うの」
息を吸う、小さな音。少しためらって、彼女はそれを吐き出す。
「すごく、大切なんだなあって。楽しそうにバスケするなあって、いつも思って見ているよ」
確か、火神君に誘われて何度か試合にも見に来てくれたことがあったかもしれない。その度に、ああ、見られているのは僕じゃないんだなって、苦しくなるんだけど。
「それにね、興味あるのは火神君だけじゃないのよ」
「?」
不意に、望月さんが振り向いた。その瞳には、もうグラウンドの火神君は映っていない。真っ直ぐに僕を見据えて微笑む彼女に、どう接して良いかわからなくなる。
「……、えっと」
「むしろ、一番興味あるのはキミなんだけど」
「……っ!」
心臓が跳ねる。いや、跳ねるどころか暴れて手がつけられないほどだ。無表情がデフォルトで良かった。きっと、うるさい心臓の音もこの身体の熱も彼女に伝わることはないだろう。幸いに。
「望月さん」
興味、といわれただけで、好意といわれたわけではない。そんなことわかっているのだけれど、今、言わなきゃ、もう二度と好機はないと思った。それが何故だかはよくわからなかったけれど。
「そんな言い方、ずるいですよ。僕は……貴女のことが好きなんですから」
云った! ……言ってしまった。心の中でよくわからない葛藤をしながら、相手側の反応を待つ。しかし、想像していたような反応は一向にあらわれず、彼女はぽかんと口をあけて呆けたままだった。
「……」
「……?」
「…………ぶふっ」
「!?」
しばらくの沈黙の後、我慢の限界と言わんばかりに頬を膨らませた望月さんが、あまり行儀の良いとは言えない音を立てて噴出した。まさか告白して噴出されるなんて、予想だにしなかった反応だ。
「あははっ、何ソレすごい似合わない!」
「どういう意味ですか」
「だって。黒子君とデートとか、あんまり想像できないもん」
「それって結構、酷くないですか」
嫌悪とかではない。それはむしろ安心した。友達に告白をして、友達という関係さえも壊してしまうという話もよく聞くから。だけど、ならこれは、どういう関係になるんだろう? あまりに普通の反応を返す望月さんに、僕も同じように、あくまでも"いつもどおり"を貫いた。
「あは、はは……だって。火神君とよく一緒にいるから、そっちの人なんじゃないかって皆噂してるよ」
「え」
「あ、信じた? あはははっ」
お腹を抱えて、一人で大笑い。心の狭い人なら、それだけでへそを曲げてしまいそうだ。火神君とのことが噂になっているのが本当だとしたら、僕はまずその誤解を解くところから始めなければならなかったが、どうやらそれは彼女の口から出たでまかせらしい。
「嘘なんですか? 人の告白を無碍にした上におちょくるなんて……酷いですよ」
「まぁ"皆"っていうのは嘘だけど。でも、あんまり実感ないよ。黒子君が私を好きとか、有り得ないし……何の罰ゲームかなって感じ」
「そんなに、信じられませんか?」
うん、と小さく頷いた後に、望月さんは付け足すように言った。
「私、黒子君にはあくまでも興味の対象でいてほしいの。ごめんね」
「……はあ、わかりました。いいですよ、もうそれで。今の告白は無かったことにしてください」
興味の対象であって、恋愛対象ではなかったということか。彼女の返事を全く期待していなかったといえば嘘になる。ほんの少しくらいは、あわよくば……という思いは確かに存在していたのだから。なら、別に近づかないでとか言われたわけじゃないのだからまた友達から始めれば良いんじゃないか。火神君だって異性の好きとは違っているようだし、想いを伝えているだけ僕の方がちょっとだけ有利かも知れない、なんて勝手に考える。別に火神君が恋敵と決定しているわけでもないのに。
ぼんやりと考えながら失恋の雰囲気を出さないようにと歩き出した背に、望月さんが声をかける。
「ねぇ」
今度は何を言われるんだろうと思いながら、振り向かずに「なんですか」とだけ返す。今はあまり、彼女の顔を面と向かって見れる自信がなかったから。けれど、望月さんからの言葉はまた、僕にとっては予想外のものだった。
「本気には思ってないけど。でも、キミ以外の男子に興味ないのはホントだよ」
それは、つまり。
「今のところは"一番"ってことですか?」
ようやく振り向いた僕に、望月莉星さんは「今のところはね」と答えた。なら、何も焦ることはないじゃないか。興味から恋に変わる可能性も、大いにある。男女共に人気の高い彼女のことだから、競争率は常に高いはずなのも承知の上だ。でも、それでも。影の薄い僕が誰かの光になれるなら。こんな僕を一番と言ってくれた彼女だから、大丈夫だと思えた。だから僕は、彼女に言ったんだ。
「今はそれで、いいですよ」
口元に笑みを浮かべてそう言えば、望月さんは挑戦状を受け取ったかのように悪戯っぽい視線を向けて、
「だから黒子君は面白いんだよ」
笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながら、彼女はそう言ってまたおかしそうに笑った。
End.
Story