Story

    大嫌いの嘘





     買い物に行きたい。簡素な椅子をぐらぐらと揺らしながらそう呟けば、彼はこちらを一瞥してすぐに手元の本に視線を戻して聞こえないふりをした。キルアは付き合ってくれるよ。そう言ってみたところで、恐らくイルミは「じゃあキルアと行きなよ」とでも言うのだろう。私はキルアとじゃなく、目の前の彼と、買い物という名目でデートがしたいのだ。

    「……ねぇ」
    「……」

     あくまでも聞こえないふりを決め込むイルミに呼びかけると、やはり同じように気怠げな眼差しをこちらへ向けたが、今度は本から顔を上げてこう答えた。

    「必要なものがあるならミルキに言うんだね」
    「イヤよ、自分の目で見て選びたいの。そういう買い物がしたいのよ」

     ミルキに言えばネットショップとかいうものを使ってすぐに手配してくれる。それはそれで便利なので良いが、今私が望むのはそうじゃない。
     イルミがあまりにも無関心だから、私は大きなため息を吐いて天井を仰いだ。

    「息苦しくって死んでしまいそうだわ」
    「それは困るな」

     そう言ったかと思えば、そこでようやくイルミが本を閉じた。行く気になったのかと淡い期待を抱いたのも束の間、偉そうにソファに腰掛けていたイルミは立ち上がり私の目の前にくるとテーブルに手をついて、長い髪を垂らしながら私の顔を覗き込んだ。

    「お前は俺の物だ。勝手は許さないよ」
    「……」

     高圧的で、自分勝手で、おまけに亭主関白気取り。どうしてこんなやつとの婚約を承諾したりしてしまったのだろう。
     答えは簡単だ。私が彼に一目惚れしてしまったからに他ならない。イルミはもともと婚約にも私にも興味がなく、ただ親の言いつけを守る人形だった。うるさくないやつならいいよ、という条件だけで、私を許嫁に選んだのだ。なんて、最低な。

    「あなたみたいな人が婚約者なんて、」

     最低だわ。そう口にしようとした言葉は、彼の唇に吸い込まれて消えた。

    「最高だろ」

     普段はにこりともしないくせに、勝ち誇ったように薄らと唇に笑みを湛える。

    「大嫌いよ」

     全てを見透かしているような、その瞳も何もかも、愛しているわ。

    End.





      Story