煌びやかな街の明かりは、その裏でうごめく闇をひた隠しにしているみたいに綺麗なものだった。
ホテルの窓から空を眺める私の唇から漏れた溜息に気づいて、クラピカが読んでいた本から顔を上げた。
「どうした? 」
「……別に、なにも」
明日私は、ノストラード組から解雇される。ボスからではなく、クラピカにそう言われた。
先日、ネオンお嬢様の占いの力がとある盗賊に奪われてしまったらしい。それが原因でお父上であるライト様が臥せってしまって、古株の部下も多くの方がいなくなってしまった。現時点では組を立て直すのも難しく、私も危険なことからは手を引くように言われたのだった。先の戦いでクラピカ本人もかなり憔悴しきっていたが、熱が下がって彼の仲間であるお医者様の許しを得て、今日は私の為に時間を割いてくれているのだった。
しかし私達は恋人、というわけではない。確かに私はクラピカにそういった感情を抱いていて、クラピカや周囲の仲間達にも周知の事実だったが、クラピカから答えが返ってくることはなかった。それでも良いから傍に居たいと申し出たのは私の方で、クラピカは「勝手にしたら良い」とただそれを受け入れた。だから私はホテルやノストラードの屋敷でクラピカの無事を願い帰りを待っていた。けれどそれももう、終わるのだ。短く儚い、私の最後の恋として。美談でも何でもない、愛する人が自ら死に向って進んでいくのを止める事も出来ずに見ているだけの臆病者の話だ。
「……」
また溜息が漏れそうになるのを、必死に堪える。けれど気配に敏感なクラピカの瞳は既に私を捉えていて、真っ直ぐにこちらを見つめながら口を開いた。
「言いたいことがあるのだろう、私に。今日が最後なのだ。何を言われても、私は受け入れる」
「……そう、そうよね」
言いたいことは、たくさんあった。
私にはこの先きっと、クラピカより好きになる人なんていないのに。私だけを自由にして、危険な場所に身を置き続けて。きっと私の知らない内に知らない場所で貴方は命を落とすつもりなのだろうけれど、それでも私は一緒に居たかったと。
「私が解雇されるのは、エリザが離職したことと、関係があるのでしょう?」
「……」
私がそう尋ねると、今度はクラピカが黙った。エリザがスクワラと結婚の約束をしていたことも、そのスクワラが敵に殺されたことでエリザがショックを受けて立ち直れなくなったのも、彼女と比較的仲良くしてきた私は知っている。スクワラを殺した敵がクラピカにとって何なのかは、話してはくれないけれど。何も聞かないから、それでも良いから傍に居させて。何度も言いかけて、呑み込んだ言葉だった。クラピカの答えは解りきっていたから。
「彼女の姿を見れば、わかるだろう。私と一緒に居れば、君は決して幸せにはなれない」
クラピカはスクワラとエリザの姿に自分と私を重ねている。私がエリザと同じ思いをしないようにと、クラピカは私を遠ざけようとしているのだということも理解はしている。だから、あえて私は詮索しないようにした。クラピカが望むなら、全てを受け入れようと思ったのだ。この先何があっても、離れていても、貴方を想い続けることだけは許して欲しい。
「それでも私は……構わなかった」
「?」
「どうしていつも、貴方はそうやって決め付けるのですか……」
何も言わずに明日を迎えていれば、私は何も言わなくて済んだのに。中途半端に発言を促すようなことをクラピカが言うから、私はぐちゃぐちゃな心の中身を、一番見せたくない人に吐き出すことになってしまった。
「私が幸せじゃないなんて、どうして貴方が言えるの!? 最初からそれでも良いと、私は……だって、貴方が好きだから……」
私の悲痛な叫びを聞きながら、頬に伝う涙を見てクラピカは目を見開く。泣くつもりなんて無かったし、どうせ離れるなら従順で物分りの良い女のままで居たかった。困らせたくはないのに、私の思いは止まらない。
「……っ」
「、すまない……君がそれ程に思いつめていたとは、気付かなかった。私はいつも、自分のことばかりだ」
「ち、がうわ。私は別に、謝ってほしいとか、困らせたいんじゃないの。ただ……」
離れるのが、辛いだけ。
何とかそれだけを伝えると、クラピカは優しく私の肩に手を置いた。触れる直前、一度だけクラピカの手が強張るのを感じる。彼は自分はもう汚れているからと、以前からよくそう口にしていたから、血に濡れた手で私に触れるのを躊躇っているようだったけれど、意を決して置かれた手はとても温かく、血が通った人間のものだった。
「私はただ、決意が揺らぎそうで、怖かったのかもしれない」
「え……?」
「一人でいいと思っていた。私の復讐に誰かを巻き込んではいけないと。しかし、今回友人や仲間を危険に晒してしまい、次はにまで危険が及んでしまうかもしれない……それが怖いのだ」
クラピカの手は、少しだけ震えていた。でも私は、彼になら巻き込まれても良かった。
「……私は戦えないけれど、貴方の無事を今まで通り、願うことは出来ます。貴方がそれを、許してくれるなら。私は貴方の心の支えになりたい」
「……ああ、」
すまない。そして、ありがとう。
呟きと共に、クラピカは私を抱きしめた。私の想いに彼が応えてくれたのは初めてのことだったので、私は無意識のうちに強く抱きしめ返していた。
翌日、ホテルをチェックアウトした私達は、それぞれ別の道を歩いた。クラピカはセンリツと共に飛行船でノストラードの本家へ。私は、長く空けていた故郷へ帰るために電車に乗った。別れは言わない。何故なら、彼は約束してくれたのだ。
「また、こちらから連絡する。……必ず会いに、行くよ」
「はい、どうかご無事で」
生きている限りは、ずっと、想い続けると。