Story

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     また仲間が死んだの。
     そう震える唇が紡いだのは、聞き飽きるほどこの残酷すぎる世界に溢れた嘆きの言葉。少しばかり年上の、調査兵団に所属する女兵士が口にしたことに、訓練兵であるアルミンは何も言わずにただ静かな呼吸だけを繰り返した。

    「わたしって本当、何もできないのね」
    「……そんなこと、ないよ」

     先輩であるはずの兵士に対して彼らしくもなく敬語を使わないのは、彼女がアルミンにとって特別な存在であったからだ。同じ町で生まれ、苦楽を共にした幼馴染であり、自分とは年が離れていたことで先に訓練兵を卒業した。調査兵団として活躍を続ける彼女だったが、その距離は離れることなく、毎日のようにアルミンのもとを訪れていた。そうして、冒頭のような台詞を吐くのだ。

    「どうしてそんな嘘言うの。もっと、罵ってくれていいのに……役立たずって」

     そんな優しさは痛いだけ、と少女は言う。しかし、アルミンはもう一度「そんなことない」と言い切って、自分とエレンが使用しているはずのベッドの一角を占領して蹲る彼女を見た。

    「だっては生きているじゃないか。調査兵団として外へ出ても、壁外から生きて帰って来れるのは実力者だって……そう習ったよ」

     アルミンの言葉は事実だ。確かに自分は生きてこの場所へ戻ってきているし、運悪く、または実力が及ばずに死んだ仲間は沢山見てきた。しかし、でも、と少女兵――は疑問に似た不満を口にする。

    「……本当に、そうかしら」

     アルミンの蒼い二つの瞳が、を捉えた。

    「そんなこと、先に死んでいった仲間達に向かって同じように言える? まぐれで生き残った私が、仲間を見殺しにした私が、これが本当に実力って?」
    「……僕は、が生きていて嬉しいよ」

     ずきり、自分で吐いた言葉に胸が痛んだ。
     アルミンは、自分自身まだ訓練兵の身であるため、調査兵としての彼女の苦しみがわからない。だからこそ、彼はその苦悩を分かち合えないことに苦しんでいるのだが。気づいていて知らん振りをしているのか、本当に気づかずにか、はアルミンから目を反らすと、小さく呟いた。

    「私だって……死にたいわけじゃ、ないけど」

     それでも、自分が生きるために犠牲にした人数が多すぎて。素直に生還を喜ぶことはできない。

    「エルヴィン団長は『よくやった』って言うの。生き残った兵にも、死んだ兵の前でもね。リヴァイ兵長も、遠征の度に『死ぬんじゃねぇぞ』って……」

     アルミンはただ、黙っての独白を聞いた。彼が聞き手に回ってくれるお陰で、は自身の胸の内に溜まった不安や思いを吐き出すことができた。
     やがて、しんと静まり返った室内で、少女の嗚咽が響く。

    「なんで、死ぬことが人類のためなの? 本当はもっと、やりたいことだってあったはずなのに……どうして、」

     今回の壁外遠征で命を落としたのは、訓練兵時代から、と最も親しい友人であった。助けられたかもしれないという思いはあったが、巨人の前に飛び出す直前。の胸に巣食ったのは、"死にたくない"という想いだった。その一瞬の躊躇が、彼女を死に追いやったと、巨人を討伐"出来なかった"のではなく、我が身可愛さのために討伐"しなかった"のだと、は自分の行動を悔いていた。

    「……」
    「きっと、私は貴方のことだって見捨てるんだわ……」
    「!」
    「自分が死にたくないって、それだけで、私は仲間も家族も友人も、誰も助けようとはしない……そんな自分が、有能な兵士だなんてどうして言えるの?」

     は涙に濡れた顔で、歪んだ視界でアルミンを見た。しかしアルミンは幼い頃と変わらない優しい表情でを見つめ、言った。

    「それって、とても人間らしいって僕は思うんだけど」
    「!?」
    「聞いて、。確かに自己犠牲は人として美しいかもしれない。だけど、死地から生還した人間は、きっともっと強くなれるから。それだけの力を、は持っていると思うんだ」

     アルミンの話を、今ひとつ理解力に欠けたの脳では受け入れが難しい。必死に脳をフル稼働している彼女に、アルミンはもう少し解りやすく言い直した。

    「九千九百の兵士が死んでも、生き残った百の兵士が、それぞれ百人分の力を発揮できればさ。百掛百は、一万になるんだよ」
    「……私が、百人分に?」
    「そう。僕は、きっと一にもなれないだろうけど。やエレン、ミカサならきっと、百にも二百にもなれるはずだよ」

     真剣な眼差しでアルミンはそう言う。きっと大丈夫だと。優しく勇気付けてくれる彼の想いが、意志の強さが、今は痛かった。

    「そうかもしれない。私だってきっとそうだって、思いたいんだけど……でも、私は貴方を見殺しにはしたくないんだよ」
    「……」
    「アルミンは優しいから、きっと私のことを恨んだりはしないでしょう? だからこそ、辛いよ」

     いつか、では遅いのだ。私は今、強くなりたい。自分の犠牲となって死んでいく兵士を、これ以上増やさないためにも。
     の真っ直ぐな視線に射抜かれて、アルミンは一瞬だけ困ったように言葉を詰まらせたが、すぐにこう返していた。

    「恨むよ、きっと一生」
    「え……」
    「どうして一緒に死んでくれなかったんだって、夢枕に立つかも知れない」

     少しおどけた口調でそんなことを言うアルミンに、は目を瞬かせた。しかし、いやそうじゃなくて、とアルミンは小刻みに震えるの手をとって、自分の手で包み込んだ。

    「君と一緒に生きて、強くなりたい」

     百倍でも、千倍でも、ずっと先を見据えて。二人で強くなろう。

    End.





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